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第2話 文明存続シミュレーション

「つまりこの世界は、私が勤めている研究機関がVRMMOゲームの規格を基に開発した文明存続シミュレーションプログラムの世界で、ユウト君も人工知能みたいなものなの」

「そ、そんな……」


 ミサキの説明は、まるでSFの話のようだった。新暦二〇四八年、東亜国とうあこく理科学研究機構、人類の未来を予測する研究。聞いているだけで頭が痛くなってきたが、この痛みも感情も、全部作り物だ。内心信じたくはない。しかし、説明には説得力があって、信じない理由を探す方が難しかった。


「でもね、あなたも周りの乗客も、この世界の人間はみんな私たち現実世界の人間と同じ魂を持ってる。だから、私があなたを好きになったのは本当だよ?」


 微笑みかけるミサキに、俺はどう言葉を返せばいいのか分からなかった。だが、現実世界の人間と同じ魂を持っていると聞いて、少しホッとした。俺たちがただのプログラムではなく、ちゃんと感情を持った人間だというのは救いだった。


「ミサキの話は何となく分かった。それじゃあ、この地震はバグか何かってことか?」

「う〜ん、どうだろう。まだ何とも言えないかな……」


 俺の質問に、ミサキは困ったように答える。どうやらさっきの地震は、エンジニアであるミサキにも分からないらしい。

『安全確認が終了しました。新宿駅到着後、駅係員の指示に従い避難してください。それでは電車動きます』

 車掌からのアナウンスが入ると、乗客たちはつり革や手すりに掴まる。俺とミサキも急いで近くのつり革を掴んだ。


『まずは先頭車両と最後尾の車両の乗客から誘導いたします』

 新宿駅に着くと、メガホンを持った駅員が順に乗客の誘導を始めた。

 俺たちは真ん中らへんの車両なので、まだ時間がかかりそうだ。


「そうだ、この間に妹とか友達に連絡してもいいか?」

「うん。私も他のエンジニアに状況を確認してみるね」


 俺はポケットからスマホを取り出し、電話帳を開く。そこから《カナミ》の文字をタップし電話をかける。カナミは俺の妹で、今は中学二年生だ。


『プルルルル、プルルルル……。もしもしお兄ちゃん? 地震大丈夫だった?』

「ああ、俺は大丈夫。カナミは? 今どこにいるんだ?」

『私は家だよ。物とか結構散らばってるけど、窓も食器も割れてないし、怪我もしてないから安心して』

「そうか、それなら良かった。なるべく早く帰るから、カナミは家で待っててくれ」

『うん、分かった。お兄ちゃんも無理に帰ろうとしなくていいからね。その方が逆に危険だったりもするから。じゃあね』


 電話が切れる。カナミはどうやら家にいるらしい。俺とカナミの暮らす家は江戸川区にある。地下鉄なら三十分もあれば帰れる距離だが、地震で交通網はストップしているので歩いて帰るしか方法はない。早く帰って安心させてあげたいところだが、カナミの言う通りこの状況では安全な場所に留まっていた方がいいのは確かだ。俺は悩んだが、どちらにしても今は動きようがない。この件は一旦後回しにして、今度は友達に電話をかけることにした。もう一度電話帳を開き、《レナ》の文字をタップする。レナは俺とミサキのクラスメイトで、今日は千葉に趣味のサバイバルゲームをしに行くと言っていた。


『プルルルル……、おかけになった電話は、現在電波の届かないところにあるか電源が入っていない……』

「レナには繋がらないか」


 さすがにあの地震の直後だ。繋がる方が奇跡と言っていい。俺は電話を諦め、チャットにメッセージを送った。


【レナ、大丈夫か? もしメッセージを見たら返信してくれ。多分スムーズにやり取りするのは無理だと思うけど】


 無事に送信されたことを確認すると、俺はミサキの方に視線を移した。ミサキもスマホで誰かと電話をしている様子だ。他のエンジニアに確認してみると言っていたが、この世界にはミサキ以外にも現実から来たという人間がいるのだろうか? その周りにいる人たちは、果たして俺と同じようにどこかのタイミングでこの世界の真実を聞かされているのだろうか? そんなことを考えながらミサキの顔をじっと見つめていると、ミサキはそれに気づいたようでちょっと顔を赤くしてはにかんだ。


「そうですか……。結局は外にいる桜守さくらもりさんに聞かないと分からないですね。はい、失礼します」


 ミサキが電話を切る。会話の流れから察するに、やはりこの世界には何人か現実から来た人間が交じっているようだ。ただ、この世界にいる人には何が起きているのか分からないらしい。会話の最後に出てきたサクラモリという人が、プロジェクトリーダー的な存在で、現実からこの世界を監視しているのだろう。


「ごめん、ユウト君。他のエンジニアも把握出来てないみたい。だから今は仮想世界とか関係なしに普通に行動した方がいいと思う」

「ああ、そうだな。というか、別にミサキが謝ることじゃないだろ?」

「うん、そうだね……」


 俺はどうにか慰めようとしたが、責任を感じてしまっている様子のミサキには言葉だけでは足りなかった。こういう時、頭を撫でるなり抱きしめるなりするのが恋人同士なのだと思うが、俺にはそんな勇気は無い。ただでさえ異性に慣れていないのに、生きる世界すら違うと知ったミサキを人工知能の俺ごときが触れていいのだろうか。いいはずがない。俺の心はどんどん卑屈になっていった。


『ゴーン、ゴーン』


 突然大きな鐘の音が鳴り響く。ただ、その音は世界中に響いているような、そんな感じがした。


「何だ、この音……」

「私にも分からない。こんな非現実的なことはプログラムされてないわ」


 不気味な鐘の音に俺とミサキが天井を見上げていると、続けて男性の声が聞こえてきた。


『これより、ゲームを始める。この世界を取り戻したければ、世界の果てに建つ《ワールドリゲインタワー》の最上階に到達しろ。然すれば、この世界は元に戻ることだろう』

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