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イルヴェンヌ外伝

イルヴェンヌ外伝~前編~

作者: 綿飴ふたば

私はイルヴェンヌ娼館のナンバースリー、イザベル。


幼い頃、母は男を作って家を出ていった。残されたのは、私と妹のリリー、それに父の三人。けれど、父は家に帰らなくなり、私たちは実質ふたりきりの生活を送ることになった。


「アンリお姉ちゃん……お腹すいたよ……」


リリーの悲痛な声が胸を突く。食べ物にも困る日々。

そのとき私は、ある決断を下した。


「えっ!? そんなの嫌! お姉ちゃんと離れ離れなんて……リリーも一緒に行く! 働く!」

「だめよ、リリー。あんな場所、あなたみたいな子が来るところじゃない」


──私は決めていた。

リリーを養うため、娼館で働くことを。


社交的で勝ち気な性格もあってか、私はアミュラス娼館街でもっとも名高いイルヴェンヌ娼館に採用された。そして、やがて人気娼婦の一人となり、ナンバースリーの座にまで上りつめた。


稼ぎはほとんどをリリーへ仕送りしていた。

今の生活があるのも、リリーのため。忘れてはならない。


今日も朝が来る。


下級娼婦や清掃嬢たちが、私に丁寧な挨拶をする。


「イザベル様、おはようござんす」

「今日もお美しいでありんすぇ」

「はいはい、おはよう」


私はナンバースリー。けれど、どうしても超えられない相手が二人いる。


「おはようございます、イザベルさん」


一人は、ナンバーツーのジュリエッタ。

金色のウェーブヘアに、水色の瞳。完璧なスタイル。


「わっちは……絶対にあなたに勝ってみせんすから」


彼女はにこやかに微笑んだ。


「相変わらず元気がおありで……イザベルさんは」


……はあ!? それ、嫌味のつもり!?

ふざけないで!


「やあイザベル。今日も元気だな」


そして、もう一人はナンバーワン──マリアンヌ。


「マリアンヌ様! おはようござんす! ご機嫌はいかがでありんすか?」


「まったくもう、最悪よ」


……く~っ! それも嫌味なの!?

でも私は、負けない。


「そろそろナンバーワンの座、譲っていただきたいものでありんすぇ?」


「く~っ! 元気がいいのはいいことだね!」


「イザベルさん、マリアンヌ様。そこまでに」


私はこのふたりが大嫌い。

でも──絶対に追い抜いてみせる。



部屋に戻ると、リリーから手紙が届いていた。

仕送りのおかげで食事に困らず、学校にまで通っているらしい。

本当によかった……。


私がイルヴェンヌに来た目的は、リリーを自立できるまで支えること。

忘れちゃいけない。でも──ジュリエッタとマリアンヌ、あのふたりにはどうしても負けたくない。


そんなとき、ノックの音がした。


「イザベル? いる?」


声の主はオリヴィアさん。イルヴェンヌの元娼婦で、今は事務や新人教育を任されているマネージャーだ。


「はい」


「今、空いてる? 実は新規のお客さまの相手が一人だけ決まらなくて。支配人が、イザベルにお願いしたいって」


「支配人!? わっちが新規客を!?」


支配人命令には逆らえない。

しぶしぶ部屋へ向かい、客を待つ。


……まったく、新規客なんて面倒くさい。


「どうぞ、お入りくだんしぇ」


「……お、面を上げてください」


扉を開けて入ってきたのは、年上の、どこか疲れた様子の男性。三人で旅をしていると言うし、狩り帰りか何かかもしれない。


「ようこそイルヴェンヌへ! こちへどうぞ。……あれ、緊張していんすかぇ?」


「じ、実は……こういうお店、初めてで……」


……やれやれ、またか。


「なら、わっちが教えてあげんすよ!」


「こんなに美しい方がいらっしゃるとは……」


「美しいだなんて……勿体ないお言葉でありんすぇ?」


「僕はブルーミング・サバトと申します」


「イザベルでありんすぇ。以後お見知りおきを」


彼は盾持ちの片手剣兵士で、ギルドの前衛を務めているらしい。年の離れた弟がいると聞き、会話は思いのほか弾んだ。


「わっちも! 妹がいんして、えらい可愛いんでありんすぇ!」

「そうなんですね。年の離れた兄弟って、本当に愛おしいですよね」


和やかな時間は、タイマーの音で終わりを告げた。


「もう終わりだなんて……わっちは、こなたの時間が惜しいでありんすぇ」


「イザベルさん。僕はただの剣士ですが、必ずまたお会いしに参ります」


「まことでありんすか? わっち、えらい嬉しい!」


営業は成功。

だけど、それ以上に──彼の言葉が、ただ嬉しかった。



翌日は、娼婦ランキングの発表日だった。


「今月のナンバーワンは、マリアンヌ!」


……やっぱり。


「ナンバーツーは、ジュリエッタ!」


……やっぱり。


「ナンバースリー、イザベル!」


──私は、またナンバースリー。

ナンバーワンにも、ナンバーツーにもなれなかった。


落ち込んで部屋に戻ると、ルームメイトのエミリーがにこにこしていた。


「イザベル様、今月もナンバースリーおめでとうござんす!」


「あなたは何位だったの?」


「……31位でありんす。下がってしまいんした」


へにゃりと笑うエミリーに、なぜか腹が立った。


「あなた、それでいいの!? 成り上がりたいって思わないの!?」


思わず声を荒げてしまい、私は口を噤む。


「……無理でありんすぇ。今のイルヴェンヌは三強時代。マリアンヌ様、ジュリエッタ様、そしてイザベル様。わっちみたいなのがいくら頑張ったって、越えらりんせん。壁があるんでありんすぇ……」


「エミリー……」


そのとき、窓辺に金色の伝書鳩が舞い降りた。


高級な通信手段──客と娼婦の間で使われる、特別な手紙。


「イザベル様宛みたいでありんすぇ」


手紙を開くと、それはブルーミングからのものだった。

お金が無いと言っていたのに、こんな高価な手紙を……。



〝拝啓イザベル様。先日は素敵な時間をありがとうございました。こんなに素晴らしい女性に出会えたこと、それだけで僕にとっては何にも替えがたい幸せです。

いつも一生懸命働いているあなたのことを、心から応援しています。

まとまったお金が用意できたら、また会いに行ってもよろしいでしょうか?

敬具 ブルーミング・サバト〟



「……これは……」


「これは、恋文でありんすぇ」


「な、何覗いてるのよ! エミリー!」


……嬉しい。素直に嬉しかった。

またナンバースリーかと落ち込んでいた私の心を、ブルーミングの手紙が癒してくれた。


「さすがイルヴェンヌのナンバースリー、イザベル様でありんすぇ!」


「うるさい! エミリー、今日の食事を運んできて」


「かしこまりんした!」


エミリーが食事を取りに行く間、私はすぐさま返事を書いた。娼婦からの返書は無料なのだ。



〝拝啓ブルーミング様。丁寧なお手紙ありがとうござんす。

わっちも、貴方と過ごした時間はえらい幸せなものでありんした。

こなたのお手紙を糧に、また頑張っていきんす。

またいつか、お会いできる日を信じて──

敬具 イザベル〟



「ただいま戻りんした。……イザベル様?」


「ああ、エミリー。ありがとう」


私はエミリーと一緒に食事を摂った。

ブルーミングの話題は出なかったけれど、いつものように噂話ばかり。いつもと変わらぬ時間……だけど──


──ブルーミングのことが、頭から離れない。


つづく

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