【第三話】賭け
「何者だと聞いている!」
美しいエルフの女は険しい顔をこちらに向けながらじりじりと詰め寄ってくる。
普通の人間ならパニックになるような状況だが浩介は動じなかった。
現実世界で何度も警察に追われてきた浩介にとってこれくらいのことはさしたる問題ではなかったのだ。
検問や職務質問、時には強引な取り調べまで浩介はその知能を活かしてくぐり抜けてきた。
そんな浩介からすれば目の前のエルフを騙して逃げ切るのは簡単なことだと思えた。
「おいおい、ねーちゃんよぉ。あんた何も聞いてないのか?」
「なに?」
女エルフは一瞬困惑の表情を見せた。これなら簡単に突破出来ると浩介はすぐに次の言葉を発した。
「はぁ…話にならねぇな。じゃあ俺は先に行かせてもらうぜ。さぁ道をあけな」
「まて」
さすがのエルフもこれでは騙せなかった。検問ではよく使う手段であったが、現実と同じくそこまで甘くはないらしい。
「貴様にどのような事情があるかは知らん。だが、そこにいる娘を襲っていたことに違いはあるまい。もはや貴様が何者かは関係あるない。娘を襲ったうえに私を騙そうとした罪、死をもって贖ってもらおう!」
怒りを露わにする女エルフであったが、まだ話が通じる状況であると浩介は見抜いていた。
「まぁまて、おかしいと思わないか?何故あんたは俺の言葉がわかる?種族が違うんだから言葉がわからなくて当然だろう。それにここがどこかはわからんがそんな人間が突然現れたんだ。普通じゃないことはわかるりはずだぜ」
浩介は女エルフと問答することにした。論点をずらして撹乱する戦法に切り替えたのだ。
「そんなことは知らん!」
「何者かたずねるくせに事情は理解しようとしないと…。そりゃひどいんじゃねぇか。よく俺に偉そうに言えるな」
「だ…だまれ!減らず口を!」
少しばつの悪そうな顔をする女エルフを見て浩介は続ける。
「ならわかった。俺が誰か教えてやろう」
「いまさらおそ…」
「だまってきけ!俺こそは異世界からやってきた神アンボク!この世界を救済しにきた!」
2人のエルフはきょとんとしていたが、浩介はかまわず続けた。
「俺が女を襲っていた?違う!俺はこの世界にくる条件に女を要求した!正当な報酬を頂いていたのにそれを邪魔するとは何事だ!」
驚くほどすらすらと言葉が出てきた。さすがに信じないだろうと次の策を考えていると、小さいほうのエルフが大きいエルフに近づき何やら二人で話し始めた。
しばらくして大きい方のエルフは驚いた表情をした後、こちらに向かって歩いてきた。
今回はこちらに剣は向けていない。そして浩介の目の前までやってきて先ほどとは違い丁寧な口調で話しかけてきた。
「失礼しましたアンボク様。私たちの長老がお会いします。どうぞ私についてきてください」
浩介はまた賭けに勝ったのだった。