ゼロ距離
長かった合宿も終わり、しばらくは部活もない。
高校生たちには大事な試合が待ち受けており、強豪校出身の人たちは母校へ足を運ぶ。
田舎の誰も知らないような高校出身の僕には関係のない話だ。
そう言えば合宿以来、有栖からちょくちょく連絡がくる。割と気の合う先輩だと思ってくれているらしい。お互い、日本のバンドが好きということも発覚した。
とはいえ、好きなジャンルは全然違って、僕が足を踏み入れるのを躊躇うような、激しいライブをするバンドが好きらしい。興味は、ある。京都の大学に通う僕ら。京都で有名な某フェスに行こうという話もしたが、チケットが取れず断念。
そして今日も僕は一人、だらだらと部屋で休みを満喫し、有栖は後輩たちの応援に行っている。
なんの変哲もない休日が終わろうとしている晩。有栖から連絡がくる。
ー今日、先輩のお家に遊びに行っていいですか?笑ー
別に断る理由もないので、その旨を伝える。
出会った時とは違う感情が生まれていることに、僕はまだ気づいていない。
しばらくして有栖がやってきた。
自転車を全速力で漕いできたらしい彼女は、少し汗をかいている。その姿はなんというか......察してくれ。
夜通し、ライブとバンドと部活の話をしているうちに、僕らはいつのまにか眠ってしまったらしい。
朝方、ふと目がさめると少し寒そうに眠っている有栖の姿が目に入る。
慌てて僕のいる布団の中へ有栖を引き寄せる。
一応断っておくが、下心があったわけではない。なかったのだが......。
息遣いが聞こえる程の距離に有栖がいる。
そう実感した瞬間、僕は自分の気持ちに気づいてしまった。
有栖と目が合う。
理性が消えていくのを感じる。
少しずつ縮まる距離。逃げない彼女。合意と見なして良いのか。を判断する間もなく触れる唇。
「先輩、好きです」
少し顔を赤らめた彼女が言う。してやられたと思った。女はずるい生き物だ。
「俺も」
そのまま何も言わずに時間が流れる。これ以上は今は望まない。なんだかとても幸せな気分だった。
その日はお互い朝から授業があるため、有栖は一度家に帰る。それを玄関で見送っていると、突然。
「先輩」
ん?
「私、さっき『好き』って言いましたよね?先輩も『俺も』って言いましたよね?それだけですか?」
話しながら少し口元が緩む彼女はずるい。本当にずるい。
「付き合ってください」
敗北感と幸福感が一度に押し寄せる。負けです。完敗です。完全にあなたに落ちました。
「やった」
小さくガッツポーズをする彼女を優しく抱きしめる。
照れながら帰路に着く彼女を今度こそ見送る。
何度でも腕をつかんで引き戻したくなる。帰っていくその背中さえも愛おしく思う。こんな感情になったのは初めてだ。何が、と聞かれれば答えられない。それでも僕の中にある全てのものが彼女を好きだといっているような感覚。
"本能"の二文字が頭に浮かぶ。
笑みがこみあげる。
可愛げも浪漫もない二文字になのか、それとも別の何かなのかはどうでも良いことだ。