拉致
ビシィッ!
左頬を強く叩かれて目が醒める
「いてっ!んん?あれ?此処は?」
ぼんやりと瞼を開き辺りを見回す、かび臭い匂いに包まれた明かりのない空間
あれ?記憶が繋がらない
確か広場で街行く人を眺めていたはずだが?
体を動かそうとして初めて自分が椅子に縛り付けられているのに気づく
「ん?なんだこりゃ?」
そもそも頬を叩いたのは誰だ?
慣れてきた目で辺りをよく見渡すと何人かが囲むように俺の周りにいる事に気付く
ようやく事態を飲み込み始め拉致されたのだと焦りが湧きだす
「やっと、お目覚め?ぼ・う・や♡」
耳元で囁くその声は、甘ったるく何故か背筋に嫌な汗をかくとても不快な感情を覚えさせる
キツイ香水の匂いが鼻をつく。暗闇の中、女の姿が浮かび上がる
目の前に姿を見せた女は、左手に明かりを灯す。
魔法で灯された明かりに浮かび上がった女の顔はまるで人形の様に整った底冷えを覚える様な美しさを感じる
黒いセミロングの髪
鼻筋の通った美人のはずが。何故か感情を読み取ることが出来ない瞳
黒いドレスの大きく開いた胸元を押し上げる様な豊満なバストときゅっと引き締まったウエスト大きく円を描くヒップ、とても煽情的な格好なのだが
明らかにヤバイ
しかし、落ち着いて状況判断を行わないと
「なぜ、俺はこんな格好をさせられてるんだろうか?何か無礼があったんなら謝るから解放してくれないか?」辺りを注意深く確認しながら落ち着いた様子で話し掛ける
「うふふ、大した坊やね?この状況で声を荒げないなんて」
黒いドレスの女が興味深げに俺の瞳を覗き込む様に答える
「何か拘束される事があったんだろうか?あんた達は何者なんだ?まぁ答えてはくれないだろうが」俺の瞳を覗き込む瞳から目を離さずに質問する
「まぁ、別に良いわよ?私達は〔宵闇の鴉〕薄暗い事を生業にしているギルドよ」
女は大したことでは無いと答えた
「自分から名乗るって事は生かして帰す気が無いって事だな?」
「うふふふ、そうね、あなたに価値が無いなら生きて帰ってもらえるかも?」
「価値?」
「薄々感づいているでしょ?貴方が治療に使ったポーションが必要な人がいるのよ。私達はどんな手段でも良いから手に入れろって依頼を受けたそれだけよ」柑橘系のキツイ香水の匂いを纏った女は感情の無い笑みを浮かべて答える
「ギルドにも報告したが、先代が遺したポーションは全て使ったからもう手持ちは一つも残って無い。これは本当のことだよ」
「あら?そう、でもそんなに簡単な話じゃ無いのよね。先代がどうやって手に入れたのか?先代はどこにいるのか洗いざらい教えて貰うわ」
「知っていることなら何でも素直に話す。だが、先代がポーションを何処で手に入れたかは知らない。あまり自分の事を話す人じゃ無かったんだ」
これは本当の事、出会って直ぐにいなくなったからな
「あと、今の居場所だが、もう10年以上前に旅に出かけて音沙汰無しだこっちが聞きたいくらいだよ」
「ふ〜ん、まぁそんなに簡単に喋ってくれるとは思っていないけどね?ちょっと痛い思いしたら考えも変わるかしら?」女は俺の顎を撫で上げ後ろに立っているガタイの良い男に合図を送る
小さな明かりに反射する刃物を持った男の姿に何をされるのか理解したが本当のことを喋っているので深いため息しか出てこない
その後、何時間も掛けて続いた拷問
身体中を刃物で傷つけられ
殴られた口の中は鉄の味がする
目が上手く開かないのは顔が腫れているからだろう
コイツら人の話を聞けってんだ
薄暗い倉庫のような場所で続く拷問に諦めの文字が頭をよぎる
コツコツと足音が聞こえ、あの女が再び姿を現わす
「どう?少しは素直になれそう?」
「だから、ひらなぃってひってるだろ」
腫れた目を開けて睨んでいる俺に女は
「あら、そう?う〜ん?嘘じゃないみたいね?もういいわ私が少し話をするから」
俺への拷問で汗を大量にかいている男へ後ろに下がれと指示をして女が近寄ってくる
「さて、じゃあ質問ね。貴方は何者?」
女は嘘を見抜く為か俺の瞳を真っ直ぐに見つめ質問を投げかけてくる
「何者って、たんなる錬金術師の見習いだよ」
「ふ〜ん、単なる見習いの錬金術師なのにえらく回復が早い様ね?」
女の言葉通り殴られて腫れた口の中はどんどん回復して腫れも引いて行く
「身体が丈夫なだけだ」
「へ〜、まぁいいわ。じゃあ貴方は先代が旅に出てから10年間何をしていたの?」
女の言葉に息が止まる
「錬金術師として研究をしながら先代の残した店を....」
「嘘ね?私達がひと月の間調べた結果あの店は何十年もの間営業なんてしていなかったわ?どうして?」女の言葉に一つ一つがナイフの様に突き刺さる
「いや、確かに先代が居なくなって店の運営の仕方が分からなかったから余り営業はしていなかったけど....」
「私は何十年と言ったのよ?先代も営業はしていなかった。街では有名な偏屈なジジイだったらしいけどね。さて?おかしいわね、なぜ営業していなかったの?」
「いや、それは」
「まぁ、いいわ。貴方どうやってお金を得ていたの?10年もの間。それも先代の遺したものかしら?」
「あ、あぁそこそこなお金の貯えは置いていってくれたから」
「私はね、貴方がポーションを作ったんじゃないかと思ってるのよ。分かる?この意味」
「いや、あんなポーションを作れる訳ないだろう」
「そうよね?金貨何万枚ものポーションを一人の人間に使うなんて?自分で作った人かそのポーションの価値を知らない人間しか無理な事よね?何十年と研究してきた錬金術師がポーションの価値を知らないなんて事あるのかしら?」
心臓が高鳴り息が荒くなるがポーションは全て使ったのでどうする事も出来ない
「作れるものなら沢山作って大金持ちになってる筈だろ?」
「例えば、何十年も掛かってやっと完成したポーションなら?」
「馬鹿げてるよ、錬金術を甘くみすぎている」
「そうね、もしかしたらの話だから」
女は不敵に微笑みながら
「どうやら、お客さんが到着したみたいね?」
後ろを振り返りながら呟く
倉庫の入り口が勢い良く開き
外の光からジュリアの姿が浮かび上がってくる