消えた、とか
「奴?」
「ああ。俺も未だに信じられねえが……突然小屋の中に現れたんだ」
そう、それは突然二階層入り口の小屋の中に現れたのだと男は語る。
濃緑色のローブのようなものを被り布の服と革鎧を纏った、一見すると冒険者風の男。
しかし目深に被ったフードの中に溜まった闇と赤く輝く目が「人間ではない」と主張する、そんな何者か。
手に持つ赤い宝石のついた短剣が閃く度に小屋の中に居た男達が斬り殺され、一瞬で小屋は惨劇の舞台と化した。
「……今でも恐ろしい。俺は幸いにも扉の近くに居たから即座に逃げられたが、アイツはしつこく追って」
「いや待て。入り口の小屋は俺達も通ったが、死体もないし血の匂いも無かったぞ?」
「ええ、そんな惨劇があったのであれば匂いで分かります」
カイルとドーマの当然の疑問に、男は首を傾げてみせる。
「そんな事言われても分かんねえよ。俺も二階層に来るようになって長いけどよ、あんな事……」
「消えた、とか?」
突然のイストファの発言に、全員がイストファに注目する。
「どういう意味ですか、イストファ?」
「え、いや。ほら、モンスターの死骸は放っておくと消えるから。人間のもそうなのかなーって」
「そんな事はねえはずだが……大体、そんな話はギルドでもなかったぞ」
「でも、無いとおかしいんだよね?」
「……ああ」
イストファが思い出すのは、ステラの言葉だ。
得た情報から外れた事態が発生した時に全てのメリットは反転する。
ファントムツリーがそうだった。
今此処にいる男にとっては、小屋の中に発生した人型のモンスターと思わしきものがそうだった。
予定外、予想外、既知と未知。
あらゆる「知らないもの」が、油断となって自分を殺す。
この二階層のルールが一階層と違うなら、一階層とは違う二階層だけのルール「人の死体も消える」があってもおかしくはないとイストファは思う。
「この階層では、そうなのかもしれない。一階層では、他の階層では消えなくても……此処では消えるのかもしれないよ」
「そ、れは……」
ありえないとはカイルには言えなかった。
そしてそうだとすると、それが発覚しない理由も想像がつく。
この階層にいるのは、その全てが人喰いのモンスター。死体が放置されて残るなんて事は有り得ない。
だからこそ、誰もが見逃していたのではないだろうか。
放置された人間の死体が消える可能性。この「暴食の樹海」自体が、人を喰う可能性。
そういう場所であるという事に、誰もが気付かなかったのではないだろうか?
小屋の中にモンスターが現れるのを誰も知らなかったように、実はそういう事があったとしても不思議ではない。
「……だとすると、ヤベえぞ。俺達は気付かねえ間に、そいつの狩場の中に踏み込んでる事になる」
「唯一の救いは、そいつの正体が分かる事ですね」
「うん」
「知ってるのか?」
男の問いに、3人は同時に頷き……代表するようにイストファが口を開く。
「未確定情報のモンスター……『密林の追跡者』だと思います」
そう、それは未確定情報の1つ。
ゴブリンヒーローと同じく「外」には居ない特殊モンスター。
そして二階層で発見とされながら、その報告書以外に遭遇例のないモンスターでもある。
だが「そういうモンスターがダンジョンにいるらしい」事だけは報告者の持って帰ってきた戦利品から確定している。
「しつこく追ってくるって話だから、今襲ってこねえってことは……此処はまだ安全のはずだ」
「磔刑カブト達が飛んでくるかもしれませんから、安全とは言い難いですけどね」
「まあな。だから早めに移動しなきゃならねえ」
「そうだ。だから早く行こうぜ」
イストファ達に同行するつもりらしい男にカイルはチラリと視線を向ける。
まあ、男からすれば当然の心理だろうとカイルは思う。
まだ「子供」であるカイル達だが、二階層に来られるだけの実力は持っている。
男一人で彷徨うよりはマシだし……万が一密林の追跡者が追ってきたら、囮にして逃げる事も出来る。
しかし、それを言って男がどういう行動に出るか分からない。
そういう意味ではカイルは男を見捨てておきたかったのだが……まあ、仕方がない。
「……そうだな。とりあえず一階層まで逃げて、そのまま徒歩でダンジョンの外に出る。それがいいだろ」
「私も賛成です。今の状況で勝てるとも思えません」
「じゃあ、早速行こうか」
ドーマとイストファも頷き、イストファが前衛に立つ……が、男もその横に立つ。
「俺も一応前衛だからな。助けて貰った分は働くぜ」
「あ、はい。えーと……」
「ジョットだ。少しの間だがよろしく頼むぜ」
「はい、よろしくお願いしますね」
そしてジョットとイストファの2人を先頭に周囲を警戒しながら歩き出す。
「道は分かるのか? 俺は必死で逃げたせいでもう分かんねえんだが」
「はい。どう歩いてきたかは覚えてますから」
それにドーマの持っている地図もある。
イストファは特に意図せずそれを口にしなかったが、もし言おうとしてもカイルは止めただろう。
このジョットを名乗る男が信用できるか、まだ分からない。
そんな状況で自分達の手札を全て明かす程、お人よしではないからだ。





