気になる事があるなら言えよ
言いながらカイルが見るのは、地面に転がった斬首クワガタの羽や先程ドーマが突き刺した磔刑カブトの槍角だ。
ああいうものを拾って帰るよりは、魔力を含んだ枝は使い道がありそうだとカイルは思う。
「……何より、俺はもう魔力が限界だ。2人はどうだ?」
「私は魔力は大丈夫ですが、疲れたといえば疲れましたね……ただ、先程のファントムツリーの事が気になります」
「……まあ、確かに情報の中には無かったな。未確定情報も確度の比較的高いものだけ買ったから、そこから漏れてたのかもしれねえが」
何しろ未確定情報は「当たったら儲け」と考える連中のせいで凄まじい数が存在している。
その分確度の低いものはタダ同然の値段で情報を纏め売りしてはいるが、流石にカイルもそれ全てを買って覚える気などなかった。
「まあ、そういうことだってあるだろ。一階層でもゴブリンヒーローと戦ったしな。なあ?」
「うん、そうだね。アレも未確定情報だったんだよね」
「確かにそうですが……」
「気になる事があるなら言えよ」
顎に手を当てて悩むような様子を見せるドーマにカイルが促すと、ドーマは「気になる……というよりも疑問なのですが」と前置きする。
「ファントムツリーは、呪わしい魔力によって生まれるモンスターです。この『呪わしい魔力』ですが、何処にでもあるものではありません」
「ま、そうだろうな」
「だよね」
「では、どのような場合にソレが生まれるのか」
大きく分ければ、2つ。
何かしらの呪術、あるいは禁呪と呼ばれる魔法。
そしてもう1つは。
「呪わしい魔力が生まれてしまう程に、死が満ちた場合……です」
「それって……」
イストファの頭の中に浮かぶのは、二階層入り口の誰も居ない小屋だ。
あの場所に誰もいなかったのは、皆出かけていたからではなく……ひょっとして。
「待て。あの小屋が安全地帯だってのは冒険者ギルドでも保証した情報だぞ。それに血の匂いもしなかった。あそこで何かあったってのは有り得ねえ」
「血の匂いなんて魔法でどうにでもなりますが、それは置いておきましょう。とにかく、この二階層で『何か』があったかもしれないということです」
「果物食ってりゃ命は保証される、この階層でか……? そいつは、つまり……」
ガサリ、と。草むらを掻き分けるような音が聞こえてイストファ達は一斉に武器を構える。
ガサ、ガサと。モンスターにしては遅く、しかし一定の体格を持つ何かにしか出せない重たげな音。
その正体を探ろうと目を凝らすイストファ達が見たのは……ボロボロのチェインメイルを纏った血塗れの男だった。
「子供……? くそっ、助かったと思ったのに……」
どさりと倒れた男の手から長剣が転がり、イストファは思わず駆け寄ろうとしてカイルに肩を掴まれる。
「不用意に近づくんじゃねえ」
「え、でも……」
「どう見ても何かに追われてんだろが! 近づいて不意打ち喰らいたいのか!」
言われてイストファは言葉に詰まる。
確かにカイルの言う通りだ。けれど、あの男は放って置いたら死ぬのではないだろうか?
「……ドーマ」
イストファの視線に、ドーマは困ったように眉を寄せ……少しの逡巡の後に小さく息を吐く。
「……まあ、すぐ何かが飛び出てこないということは、襲撃者は近くに居ない可能性もあります。こっちまで引っ張って来てからヒールをかけましょう」
「うん!」
「あ、おい」
イストファは男の近くまで駆け寄ると、その手を引っ張って引きずろうとする。
「よい、しょ……」
「うぐ……」
男の身体はそれなりに重かったが、イストファはグイグイと引っ張ってドーマのところまで連れていく。
その間に何かが襲ってくるというわけでもなく、杖を構えていたカイルもそこでようやく警戒を緩める。
「……確かに襲ってこねえな。何者か知らねえけど諦めたのか?」
「さあ。とにかく本人から聞きましょう……ヒール!」
ドーマのヒールが男の傷を癒す度に、男の顔色が少しずつ良くなっていくのがイストファ達にも分かる。
「かなり深い傷ですね……ヒール!」
何度かのヒールの後、ドーマは疲れたように額の汗を拭う。
傷の癒えた男もよろめきながらではあるが身体を起こし、助かった事に気付いたのか喜色が宿り始める。
「は、はは……生きてるのか。生きてるんだな、俺は」
おおよそ30代くらいだろうか、20代というには少々老けて見える男はドーマの手を取ると、嬉しそうな声をあげる。
「すまない、ありがとう! 助かった……いや、まだ助かったか分からんが助かった!」
「はあ、とりあえず落ち着いてください」
「そうだぞ、一体何があったんだ。そのチェインメイル、赤鋼製だろ? 簡単にズタズタにされるもんじゃなさそうだが」
赤みを帯びた金属で出来たチェインメイルを見ながら言うカイルに、男は頷く。
「ああ、斬首クワガタにだって斬られやしねえよ」
「なら、何が……?」
イストファの疑問に答えず、男は立ち上がると脅えるように周囲を見回す。
「教えてもいいが……一階層に降りねえか? まだ『奴』がその辺に居るかもしれねえ」





