その辺に転がってるもんよりは売れるかもしれねえな
「よし、いいぞイストファ!」
叫ぶカイルの声も、イストファの耳には届かない。
倒して終わりではない。今この瞬間にもドーマが戦っている。
それを理解しているイストファには達成感など微塵もなく、ドーマのいる方向へ向けて振り返る。
そして、その先から響いたのは……鈍く重く、大きな衝突音と。ドーマが吹き飛ばされる音だった。
「ドーマ!」
「ギャアアアアアアアアアアア!」
走るイストファの前方で、ドーマが地面に叩き付けられバウンドしながら転がる。
しかしほぼ同時にグレイアームの悲鳴が響いたことで、イストファは何事かとその足を止めてしまう。
そして、見た。グレイアームの拳……先程ドーマを吹き飛ばしたその拳から、血が流れている事を。
何かが刺さっている。イストファはそれがドーマによるものだと悟りながら、倒れたドーマへと駆け寄る。
「ドーマ! 大丈夫!?」
「ぐ、う……私の事より、あいつを……」
「でも」
「いいから! 今が、どう考えても……チャンスでしょう!」
早く行け、と。そんな想いを込めて睨んでくるドーマに、イストファは気圧されながら頷く。
カイルがこちらへ走ってくるのを見て、後ろ髪を引かれる想いながらもイストファはグレイアームへと向き直る。
刺さった何かを抜こうと暴れているせいか、グレイアームはイストファを見ていない。
その肥大化した腕は細かい作業には向いていないのだろう、四苦八苦しているのが見て取れる。
だからこそグレイアームの思考からはそれ以外の事が抜け落ちて。
だからこそグレイアームは気付かない。
イストファが至近距離まで接近した、その瞬間まで気付けない。
気付いたのは、イストファが短剣を振りかぶったその瞬間。
跳んで逃げるよりも速く、イストファの短剣がグレイアームの腹を深々と切り裂いた。
「ギアアアアア! ガ、ガアアアギャッ!?」
怒りのままに腕を振るおうとしたグレイアームの顔面に、カイルの放ったファイアボールが着弾する。
全くダメージの無いソレにグレイアームは一瞬呆気に取られて、その一瞬がイストファに追撃を許す原因となる。
「ガ、ア……アアアアアアアアアア!!」
それでも倒れまいと、倒れるとしても道連れにしてやろうと、グレイアームはイストファへと拳を振るう。
イストファを吹き飛ばすには充分すぎる威力の拳はしかし、狙いが荒く地面を砕くに留まる。
そして……その瞬間を、イストファは見逃さない。
腕が引き戻されるその瞬間を狙い、逆手に持ち替えたイストファの短剣がグレイアームの腕を薙ぐ。
絶叫するグレイアームに、イストファは欠片も油断しない。
油断できる程自分は強くないと理解している。
だからこそ一切の油断もないままに、イストファはグレイアームの胸に短剣を深々と突き刺し……そのまま、断ち切るように切り裂く。
「ガ、ア……」
そしてそれは、間違いなく致命の一撃。
グラリと後ろへ倒れたグレイアームは、その命の灯を消し去りながら地面へと倒れ込む。
「……ふぅー……」
間違いなく死んでいる。そう判断したイストファは深く息を吐いて、背後へと振り返る。
「ドーマ!」
「大丈夫です。ちゃんと生きてますよ」
そこには自分にヒールをかけたのか、座り込んではいるが穏やかな表情でヒラヒラと手を振るドーマの姿。
その近くにはカイルが立っていて、イストファに向けて「よくやった」と言いたげに拳をグッと握る。
「しかしお前、グレイアームの拳に刺さってるアレって」
「磔刑カブトの槍角です。イストファが倒した奴のが残ってまして」
「あー、なるほどな」
神官の戦い方じゃねえな、という言葉を呑み込みながらカイルが頷くと、そんなカイルをドーマはムッとした顔で見上げる。
「なんですかカイル。言いたい事があるならハッキリ言ってください」
「いや、別に。ああ、そういう神官が居てもいいんじゃねえのか」
「何がですか。私の神官っぷりにどんな文句があるんですか」
「いでえっ!? てめっ、足を抓るんじゃねえよ!」
「はは……」
ドーマの手の届かない範囲まで逃げるカイルを見て苦笑しながらも、イストファはグレイアームの死骸へと振り返り魔石の取り出し作業に入る。
取り出したグレイアームの魔石はやはり大きく、そこで思い出したようにファントムツリーの倒れていた方角へと視線を向け……小さく落胆の溜息を吐く。
時間がたちすぎたせいかファントムツリーの死骸は消えていて、イストファの腕よりも太く大きな枝が落ちているだけだった。
イストファが近づいてつついてみるが、特に動き出す……といったような事もない。
ただの枝のように見えるが、少し遅れてやってきたカイルとドーマの反応は違った。
「魔力を感じるな」
「ええ、強くはありませんが魔力が宿っています。まあ、元のモノを考えるとあまり良いものにも思えませんが……」
「そうなの?」
「ああ」
「ええ」
頷く2人を見て、イストファは「そうなんだ」と頷く。
イストファには全く分からないが、2人が言うからにはそうなのだろう。
「だとすると……持って帰った方がいいかな?」
「まあ、その辺に転がってるもんよりは売れるかもしれねえな」





