なんとかしてみせる
鈍い音をたてながら地面にカイルの杖が転がる。
吹き飛ばされ倒れるカイルの姿がイストファ達の目にはスローモーションのように見える。
一体何が。頭の中に溢れそうになるその疑問の答えは、今までカイルが居た場所の……そのすぐ後ろにあった。
「カイル!? うっ!」
カイルに向けて駆け寄ろうとしたイストファの足を、牽制するようにカイルを打ったソレが狙う。
今までそんな場所には何も居なかったはず。
そもそも、こんなモンスターが出るという話はカイルが念の為にと買ってきた2階層のモンスターに関する未確定情報にも存在しなかったはず。
だがそれでも、ドーマはソレが何であるかを予想する。
「あ、れは……まさか……トレント?」
地中から現れ、カイルを吹き飛ばした太い枝……いや、木の根。
動かなければ、他の木と何一つ見分けのつかないその姿。
その幹が音もなく割れ、その裂け目が顔のような形を作り出す。
一目見て分かる邪悪な笑みを浮かべたその「木」が枝の一部を腕のようにゆっくりと下へ下ろしてくる。
メキメキと肥大化していくその「腕」は、イストファのそれよりもずっと太い。
やがて歪な人型を成していくソレを、イストファは短剣を構え油断なく見つめる。
「……ドーマ」
「分かってます。カイルの事は任せてください。でも……」
「大丈夫。なんとかしてみせる」
そういう事じゃない。無茶をしないようにと言いたかったドーマではあるが、その言葉をグッと飲み込む。
無茶をしなければならない場面である事は間違いない。
カイルをこれ以上狙わせるわけにいかない以上、イストファが気を引くしかない。
モンスターに向けて走り出したイストファの無事を祈りながら、ドーマはカイルの下へと走る。
「ギヒヒッ!」
モンスターの根がうねり、イストファを打ち据えようと振るわれる。
根を高々と振り上げ、地面に縫い付けるかのような一撃。
しかし、イストファは恐れない。
グレイアームの一撃と比べれば遅く、音も軽い。
ならば、何処に恐れる理由があるというのか。
グレイアームの一撃ですらイストファを殺すまでには至らないのに、その一撃を恐れ踏み込みを躊躇う理由などない。
そう、そうだ。この根が、この根がカイルに不意打ちの一撃を喰らわせた。それならば。
ザグンッ、と。根がイストファの短剣に裂かれる音が響く。
斬り飛ばされた根は宙を舞い、その場所にイストファはもう居ない。
態勢は低く。より前へ、という望みはその身体を前へと傾かせる。
誰に教わったわけでもなく、けれど人の理に適った短距離を行く為の走法でイストファは走る。
そうすれば良いと知っているわけではない。偶然に近い。
だからこそ、イストファは自分が思うよりもずっと速くモンスターの下へと辿り着く。
「く、らええええ!」
「ギヒイイイ!」
モンスターの振るう腕を潜り抜け、イストファはモンスターの胴に一撃を入れる。
ガリッと響く音は鈍く、感触は重く。もう一撃、と望むイストファを黒い波動のようなものが弾き飛ばす。
防ぐ事すらも出来ず、全身を蹂躙されるような感覚と共にイストファは軽く後方へと吹き飛ばされる。
そして態勢の崩れたイストファを襲うのはモンスターの腕。
メキリ、という音を響かせながらイストファは地面を転がる。
「ぐ、はっ……!?」
革鎧の上から伝わる衝撃。腹を打たれ、僅かにイストファの思考が鈍る。
打撃の前の衝撃、あの黒い波動は一体。
なんとか立ち上がりながら、イストファはモンスターを見据える。
ドーマはあのモンスターをトレントだと言っていた。
それがどんなモンスターであるかをイストファは知らない。
だが知らずとも、観察することは出来る。
打撃だけじゃない。恐らくは魔法だとイストファは察する。
威力は一撃でイストファを殺す程ではない。
しかし速く、範囲が広い。恐らく避けることは出来ない。
たぶん盾も無理だ。鎧を素通りされた気がする。
そして何より……イストファはカイルの見立てでは魔法に人より弱い。
ならば、あの黒い波動は結果としてイストファを簡単に殺せる攻撃だ。
けれど、そう。けれど。
「……連発は、ない!」
走る、走る。
連発が出来るなら、最初から使っていたはずだ。
イストファが腕を潜り抜けたタイミングで放っていなければおかしい。
それをしないということは、つまり連発できない……あるいは放つのに時間がかかるということ。
「ギヒヒ、ギヒイイ!」
イストファを近づけまいと、あるいは打ち据えようと根がうねる。
うねる根をイストファは躱し、小盾で逸らす。
簡単な事だ。グレイアームの重い一撃に比べれば、余程逸らしやすい。
腕が来る。根よりも余程太く、大きく重い一撃。
イストファを叩き潰すべく上段から振るわれるそれは、流石に逸らす事など出来ない。
防ぐことも出来ない、恐らくは短剣で斬ろうとすればイストファの腕が折れる。
だから、回避する。サイドステップで躱したイストファはモンスターの腕が地面を叩く音を聞きながら懐へと迫る。
斬っても硬く、通じない。ならば、刺す。
全身の力を込め、イストファは地面を蹴る。
最後の僅かな距離を踏み込んで……イストファは、モンスターに剣を突き立てる。





