脅威だけど、無敵じゃない
そして、グレイアームとの戦闘からしばらくの時間が経過した。
しっかりとした地図と、しっかりとした道。そして視界の明るさ。
探索に必要な物は、およそこの3点だ。
更に探索者の実力だとか装備だとか、色々な大前提もあるが……まあ、それはさておいて。
自分の居場所もよく分からない第一階層とは違い、イストファ達の探索は順調であった。
恐らく最短ルートで突っ切れば然程時間もかからず守護者の下へ到達できると思われたが、それをしないのはカイルの実力の底上げの為であり……この階のモンスター達が1階層と比べて格段に強力であったからだ。
何度も隙を狙っては襲ってくる斬首クワガタ達はその最たるものだが……ここに至るまで出てきていない「あるモンスター」に対してイストファは神経をとがらせていた。
「……よし、大丈夫。居ないよ」
木々の陰から角の先を確認したイストファが頷き、全員が角を曲がる。
「調べた限りじゃアーマーボアの出現数は1階層のグラスウルフと同じ程度だ。そんな過剰に警戒する必要もねえんだが……」
「……1階層で何回グラスウルフに会ったか覚えてる?」
「うっ」
1階層に僅かな数しか居ないはずのグラスウルフにイストファ達は何度も襲われている。
しかもアーマーボアにも最初の探索で出会っているのだ。
また出会わないという保証など何処にもない。
だからイストファにそう言われてしまえば、カイルには反論する術など無い。
「あー、いや。悪ぃ。だがよ、あんまり気を張り過ぎると消耗早ぇぞ」
「それは分かってるけど」
「どのみち、今の私達では最大限の警戒をしなければ死にかねません。イストファの対応で正解だとは思います。むしろ、私達が警戒役を出来ればいいのですが」
ドーマはそこまで言って、言葉に詰まってしまう。
実際のところ、それが出来れば一番いい。
しかしドーマは前衛に立つには少々脆い。カイルは問題外だ。
イストファにしたところで、敵の攻撃を受け止めるのが前提の重戦士ではない。
それでも確かな前衛がイストファ1人である以上、そこに頼らざるを得ないのだ。
……とはいえ、前衛をもう1人増やすというのも違う気がする。難しいところだ。
「待って」
だがそこでドーマの思考はイストファの言葉によって中断される。
イストファの視線の先、そこには見覚えのある鼻先。
「アーマーボアだ……!」
「チッ!」
イストファ達の進む先の曲がり角。そこからゆっくりと身体を現したのは、紛れもなくアーマーボア。
その瞳は間違いなくイストファ達へと向けられており、戦闘が避けられない事を感じさせる。
そう、この階層の怖いところはここにある。
どれ程警戒しても仕方のなかった1階層とは違い、警戒に意味がある。
だが細かく道の曲がりくねった深い森である2階層は、どれだけ警戒しても限度がある。
最大限の警戒を強いられつつもしきれない2階層は、1階層以上に意地の悪い階層だった。
そして今。イストファの警戒の外からやってきたアーマーボアが態勢を整えようとしている。
「ファイアボール!」
突撃態勢に入り地面を蹴り始めたアーマーボアの顔面にカイルのファイアボールの魔法が命中し、しかしアーマーボアは全く気にした様子もない。
「げっ……!?」
「逃げますよ!」
ドーマが叫び、カイルの襟を掴んで脇の木々の間へと走る。
だが、イストファは逃げない。
「イストファ!?」
ドーマが慌てたように叫ぶ声も聞こえているが聞こえない。
イストファの中に響くのは、ステラの言葉だ。
次に会ったら、もっとしっかり観察する。
アレの突撃は確かに脅威だけど、無敵ってわけじゃない。
突撃を止める方法がある?
ならば、それはステラに出来てイストファに出来ないという方法ではないはずだ。
不可能な方法を教えるはずがないと、イストファはそう信じている。
だが、こっちに向けて凄まじい速度で突っ込んでくるアーマーボアを見た瞬間にイストファの全身が総毛立つ。
無理だ、止められない、死ぬ。
そう直感した瞬間にイストファは横に跳び、直後にアーマーボアがイストファの直前まで居た場所を通過して木々を薙ぎ倒し停止する。
「何してるんですか、もう!」
慌てたように駆けてくるドーマの事が目に入らないまま、イストファは停止したアーマーボアを見ていた。
停止している。動かない、動けない? アーマーボアは木々を薙ぎ倒して、そのまま其処に停止している。
「脅威だけど、無敵じゃない……」
「え?」
「あいつ、突っ込んだらしばらく動けないんだ」
つまり、その隙を狙えば。光明を見出したイストファは、アーマーボアをじっと見る。
頭を僅かに振っているアーマーボア。どうやら持ち直したようだが……今の十数秒の間はチャンスだということ。
そして、アーマーボアの鎧は上半分を覆ってはいるが、下半分は覆っていない。
その上半分の鎧も身体を曲げる為なのだろう、僅かだかあちこちに隙間がある。
そこに文字通りの隙がある。つまりはそういう事なのだろう。
そう考えたイストファの肩を、近くまで走り寄ってきていたカイルが叩く。
先程のアーマードボアはイストファ達を見失っていて、周囲を戸惑ったように見回している。
「……実は俺も1つ思いついた」
そう言うと、カイルはイストファに視線を合わせてくる。
「だが俺1人じゃ無理だ……どうだイストファ、のるか?」





