とりあえずはそれでいいが
グレイアームの腕は重く、イストファではたとえ相手が油断していたとしても完全に跳ね上げる事などできはしない。
けれど打たれた衝撃でグレイアームに僅かな隙が出来、その動きは一瞬硬直する。
そして……それをイストファは逃しはしない。
ザグン、と。短剣をグレイアームに深々と突き刺し、一気に切り裂く。
「ガアアアアア!?」
無茶苦茶に振り回される腕をイストファは転がって回避し、空いた射線を狙いカイルが杖を向ける。
「ボルト!」
放たれた雷撃がグレイアームの顔面に命中し、グラリと揺らぐ身体が地面に倒れ込む。
その姿をイストファは用心深く見つめ……ジリジリと近づいていく。
ゴブリンはずる賢いとイストファはステラから教えられた。
そして、グレイアームもまたずる賢い。冒険者の剣を使いおびき寄せてくるのだ。
死んだふりをしていてもおかしくはない。
だからイストファは油断しない。グレイアームに、少しずつ近づいて。
「ガアアアアアアアアアア!!」
起き上がり襲い掛かろうとするグレイアームを、小盾で思い切り殴りつける。
ガン、と。響いた音は激しく、グレイアームは起き上がろうとした勢いのまま地面へと頭を打ちつける。
だが同時にイストファの腕も同様の衝撃でビリビリと弛緩してしまう。
震える腕からは感覚が一時的に消失し、だがそれが全身に伝わるまでには僅かな時間があった。
だから、イストファは迷わずに剣を逆手に構えグレイアームへと倒れ込む。
たとえそれが他のモンスターへ致命的な隙をみせるとしても、それが最善手であると分かっているからだ。
ズドン、と。音を立てながら深々と突き刺さる短剣はグレイアームに確実なトドメを刺し、イストファはゆっくりと起き上がろうとして。
「駄目です、イストファ!」
ドーマの叫び声に硬直した直後、その頭上を風切り音をたてながら何かが通過していく。
「え……っ」
背後に、もう1体のグレイアーム。一体いつから。
混乱するイストファの視界に、カイルのファイアボールが直撃したグレイアームの姿が映る。
「起きろ、走れ! くそっ……そいつ含め罠だ! 狙ってやがったんだ!」
そう、全て罠。
罠を張って待っていたグレイアームを見つけた「もう1体のグレイアーム」は、その罠を破った何者かが弱るのを待っていた。
言ってみれば、同類にさえ許可を取らぬ二重の罠。
罠を罠だと看破する強敵を喰らう為の、下劣な企み。
「くっ……」
イストファは立ち上がり、グレイアームへと向き直る。
先程の一戦の影響は残っている。だが、敵はそんなものを待ってくれはしない。
イストファが前衛である以上、どうやってもイストファが敵を抑え込む必要があるのだ。
「ヒール」
近くに走り寄ってきたドーマがイストファの腕に触れ唱えたヒールの光が、イストファの腕の痛みを癒していく。
問題なく小盾を持つ腕も動かせる。グレイアームを短剣で牽制したままイストファはそう判断し、隣に立つドーマへ声をかける。
「ありがとう。でも……」
「分かってます。ですが、こいつは今の私達では二人がかりでやるべきです」
その言葉を否定はしない。今のイストファではグレイアームを倒すには全身全霊をかけねば倒しきれない。
……だが、グレイアームは二人の予想に反し襲ってはこない。
イストファ達を用心深く睨んではいるが……いや、むしろ僅かに背後へと下がっている。
また何かの罠か。そう考えるイストファ達の前でグレイアームは地面を蹴って跳び上がり、木の上へと上がってしまう。
「あっ!」
そこからの動きは早い。するすると木の上を逃げていくグレイアームには、すでに攻撃は届かない。
「え、逃げ……」
「凄い逃げっぷりでしたが……ええ……?」
すでに見えなくなった後姿を見ていたイストファ達の背後に歩いてきたカイルが、小さく息を吐く。
「……罠に失敗したから逃げたんだろうな。ずる賢い奴だぜ」
「え、でも。そんなのあるの?」
「あるさ。虫共は即座に逃げてるだろ?」
「それは、まあ」
磔刑カブト達の逃げっぷりを思い出し、イストファは頷く。
「まあ、撃退はしたんだ。とりあえずはそれでいいが……」
言いながら、カイルは近くに落ちていた「罠の餌」の長剣を見下ろす。
持ち手のところにベッタリと血の付いた長剣は光を受けてキラリと光っている。
先程の睨みあいの間にグレイアームの死骸が消えた後には太い腕の骨らしきものが残っていた。
鈍器として使えそうではあるが、ちょっとイメージは悪そうだ。
「……剣はどうやら鉄製だな。売れば多少の金にはなると思うが……」
「荷物になるし、やめといたほうがいいんじゃないですか?」
この階層で鉄製の武器ではあまり役に立たないし、長剣は荷物になる。
おまけに血のベッタリついた「遺品」だ。
たぶんイストファ達以外の初心者冒険者の武器だろうが、縁起の良いものでもない。
「……どうする、イストファ」
「やめとこう。僕達もそんなに戦いに余裕があるわけじゃないし」
「骨はどうする。ドーマ、使うか?」
「貴方の杖にでもしたらどうですか、カイル」
「やめようよ……」
魔石ならともかく、荷物になる長剣は余程質の良いものでなければ持っていく意味もない。
骨も同様だ。帰り道ならともかく、現状ではこんなものを持っていく余裕はない。
イストファ達は満場一致で長剣と骨をその場に残す事を選ぶと、道へと戻っていく。
「でも、これからはもっと気を付けないとね」
「さっきのは気を付けてどうにかなる問題でも無さそうだったけどな」
モンスターも罠を使う。そして、その罠すら罠に使うモンスターも居る事を忘れてはならない。
そんな教訓を得られたのは、収穫であっただろうか?





