拾っていくか?
そして、ぐったりと地中から身体を半端に出したままの切り裂きモグラの死骸を前に、イストファは荒い息を吐く。
「だ、大丈夫……ドーマ?」
「はい、平気です。それにしても……」
転がった盾を拾い、ドーマは軽く具合を確かめる。
大丈夫、何処も壊れてはいない。そう判断すると、ドーマは切り裂きモグラの死骸を見る。
「……もう少し早くモグラが来たら、拙かったかもしれませんね」
「ああ、下手すると全滅してただろうな」
グレイアームの死骸に杖で触れて消えないように確保していたカイルも、そう答える。
磔刑カブトと斬首クワガタ。あの虫達との戦闘中に切り裂きモグラが現れていたら、イストファが動けずドーマが斬首クワガタの相手をしていた以上はカイルの担当になる。
しかし、もし切り裂きモグラが初手でカイルを背後から襲っていればカイルが避けられたかは不明だ。
そして何より、フリーの磔刑カブトもいたのだ。
あれ以上時間をかけたら、ドーマも無力化される可能性は高かっただろう。
そうなれば……結果は全滅だ。
もしカイルがあの場で火の魔法を使わず、斬首クワガタ達が逃げていなかったら。
そう考えると、ドーマは今更ながらにゾッとする。
「……もう少し、1階層で鍛えた方がいいのかな」
ドーマの顔色が悪くなったのに気付いたからではないだろうが、イストファがそんな事を口にする。
イストファなりに実力不足を感じての事だろうが、カイルはすぐに否定する。
「何言ってやがる。今更1階層で得るものなんかねえ。覚悟決めろ。俺達はこの階層で生き残る実力つけなきゃいけねえんだ」
「それは、そうかもだけど」
「大体だな、よく考えてみろ」
言いながら、カイルは指を一本たててみせる。
「ここは2階層だぞ? 3階層、4階層と潜っていけば凶悪度はまた上がっていくんだ。こんなとこでビビって『一流の冒険者』とやらになれんのか?」
「む……」
そう言われてしまうと、イストファも何も言えない。
ぼんやりとした遠い目標ではあるが、それでも今のイストファの目指すものには違いない。
「ていうか、此処で話すのやめませんか……」
「む、そうだな。とにかく、もう少し進む。それでいいだろ?」
また襲撃されてはたまらないのはカイルも一緒だ。
ソワソワするドーマにそう答えながらイストファに提案して……イストファも、少し考えた後に頷く。
「そうだね。僕はそれでいいと思う。ドーマは?」
「……まあ、そうするしかないのは確かですね」
ここで戻ったところで、また明日以降挑戦するのは同じだ。
頷いたドーマを見て、イストファはテキパキと切り裂きモグラ、そしてグレイアームの魔石を取り出していく。
「うん、やっぱり今までのより大きいね」
「そりゃあ、な」
腰の袋に魔石を入れ、イストファは再び先頭を進んでいく。
小盾を構え、今までよりも集中して周囲を見回す。
1階層と同じような警戒度で進んでいては死にかねないのは、もう充分といっていい程に証明済だ。
イストファを先頭に、カイルを挟むようにしてドーマが最後尾を歩く。
この森に似た階層では、道ではなく木々の間を抜ける事も当然可能だが、イストファ達は今はそれを選ぶ気はない。
木々の間を通り抜けるという事は視界が制限されるし、そうなれば当然襲撃に気付きにくくなるからだ。
「……ん? 待って。何か光ってる」
イストファが制止するように片手を伸ばし、2人が警戒するようにイストファの視線の方向を追う。
「ん? 確かに何か……」
「あれは……剣、ですね?」
そう、イストファ達の視線の先。道からズレた木々の奥に、一本の長剣と思わしきものが転がっている。
木の陰に隠れてよく見えないが、この階層のモンスターが剣を使うわけがないから恐らくは冒険者のものだろうとイストファは考える。
しかし、何故あんなところにあるのかが分からない。
「……カイル。どう思う?」
「普通に考えりゃ、モンスターに襲われて剣を落としたってとこだな」
本人は生きてるか分からねえが、とカイルは小さく付け加える。
こんな場所で武器を落とすような状況に追い込まれたら、生きていると考えるのは難しいだろう。
「どうする? 拾っていくか?」
「……やめとく。持ち主が拾いに来るかもしれないし」
「そうか。じゃあ、先進もうぜ」
「うん……ん? あっ!」
叫ぶと同時、イストファは素早く進み出て小盾を構える。
その視線の先にあったのは、剣の落ちている更にその先。
木々の陰に隠れているグレイアーム。そして、そのグレイアームが一気に突進してきている姿だった。
「げっ……このっ、ファイアボール!」
「ギヒッ!」
顔面を狙ってきたカイルのファイアボールをグレイアームはしかし首を僅かに動かし回避すると、その勢いのままイストファへと突進する。
肥大化した腕を振るい、まずは前衛のイストファを吹っ飛ばそうとして……だが、先程の回避の隙を狙いイストファはグレイアームへと飛び出し懐へと潜り込んでいる。
それに気付けたのは、すでに腕を振るうには近すぎる距離にまでイストファに潜り込まれた後。
「キッ……!」
だがそれでも、ほぼ一瞬の判断でグレイアームは後ろへと跳び、イストファの短剣を避ける。
僅かに斬られた事による痛みにグレイアームは怒りの声をあげ、今度こそ吹き飛ばすべく腕を振るい……しかし、再び潜り込んできたイストファが小盾でその腕を跳ね上げるように叩いた。





