嫌な組み合わせだよね
鬱蒼と広がる森は前回同様にそこにあり、風1つないこの場では木々の揺れる音は聞こえない。
それ故に、森の静けさが不気味で……けれど、イストファは恐れずに一歩を踏み出す。
前回も来た場所なのだ、今更恐れはしない。
森の中の道に入り、周囲を用心深く見回す。
キノコは……見える範囲には居ない。
「空に気を付けろよ、いつ出てくるか分からねえ」
「うん」
小盾を構えたイストファが正面を警戒し、そして新しく買った盾をドーマがカイルを守るようにしながら構える。
この階層で警戒すべきは「空」というフィールドを自由に駆けるカブトムシやクワガタムシだ。
カイルの買った情報によればカブトムシは磔刑カブト、クワガタムシは斬首クワガタと名前があるらしいが……連携して襲ってくる虫達は恐怖でしかない。
事実、二階層で彼等のコンビネーションにやられた冒険者も少なくない。
だからといって空ばかり見ていると、アーマードボアに轢き潰される……というわけだ。
「嫌な組み合わせだよね……」
「まあな」
「でも、分かってれば充分気を付けられますね」
どう攻撃してくるかも、実際に見ている。
少なくとも見つけてオロオロするような事はない。
だからまた会っても前回よりうまく戦える自信がイストファにはあった……が、そう上手くは行かない。
「木の上、猿!」
「グレイアームか!」
武器を構えるイストファの視線の先を追い、カイルも杖を構える。
グレイアームの名の通り、灰色の長く大きな腕の特徴的な大人程の大きさの猿。
木の上からイストファ達を見ていたグレイアームはイストファ達に気付かれた事を悟ったその瞬間、木の上から素早い動きで飛び降り腕を振るう。
「ぐっ……!」
ガアン、と。激しい音をたててイストファの小盾が弾かれガードをこじ開けられる。
元より小盾は強力な打撃を受けるのには向いてはいないが、それでもしっかりと構えれば多少の衝撃は受け止めるだけの性能がある。
だがそれを弾き、腕を痺れさせるだけの打撃。それにもひるまず伸び切った腕を斬ろうとイストファが短剣を振るおうとして。
しかし、見事なスウェーバックで回避したグレイアームのもう1本の腕がイストファに拳を叩き込む。
「がっ……」
「イストファ!」
鈍器を叩き込まれたような重く強烈な一撃。
革鎧の上から伝わる衝撃にイストファは吹き飛ばされ、背後の木に衝突する。
それでもなんとか態勢を立て直そうとするイストファに、そうはさせじとグレイアームが迫り。
「ファイア!」
カイルの杖から放たれた手の平程の大きさの火球がグレイアームに命中し、ボウと音を立てて燃え盛る。
「ギャッ……!」
「ファイアボール!」
続けて放たれたのは、大人の頭程の大きさの火球。
グレイアームの頭部目掛けて放たれたソレを、しかしグレイアームは頭を僅かに動かして回避する。
外れた火球はその背後の木に命中し、軽い爆発を起こし粉砕する。
「……よし、いける!」
「何にもいけてませんよ! ちゃんと当ててください!」
「わぁってるよ!」
盾を構え叫ぶドーマに叫び返すと、カイルは自分の今「使える」魔法リストを頭の中で素早く展開する。
身体についた炎をバタバタとグレイアームが慌てて消し去っている僅かな時間で、カイルは「どうするべきか」を思考していた。
ファイアボールまではある程度マトモに威力を発揮する事を確認した。
恐らく初級魔法使い程度の魔力は今のカイルに備わっている。
ならば、ここで選択すべき魔法は。
「よし、決まった! どけ、ドーマ!」
ドーマの構えた盾の横から杖を突きだすと、カイルは叫ぶ。
「燃えやがれ、フレイム!」
杖の先からゴウ、という音を立てて放たれた炎。
顔面目掛けて放たれたその炎をグレイアームは必死で避けて。
カイルを優先して殺そうと意志を固めた、その瞬間。
「サンダーショット!」
「ギャアッ!?」
命中した電撃が身体の中を走り抜け、一瞬その思考を飛ばされる。
一体何が。そんな事を思考する余裕は、その瞬間にグレイアームから失われていた。
あいつは危ない。殺さなければ。
ただそれだけの思考がグレイアームを満たして。だからこそ、忘れ去ってしまっていた。
忘れ去ってしまっていたから、カイルに集中してしまっていたから「その瞬間」まで気付かない。
ズン、と。自分の身体に深々と突き刺さった刃に、その瞬間まで気付けない。
「ギッ……」
「うあああああああああああああ!!」
叫ぶ、切り裂く。
イストファの短剣がグレイアームの脇腹を切り裂き、更に返す刃でもう一撃を入れる。
「ギイイイイイイイイイ!!」
邪魔だ、と。振り回す腕は痛みのせいか正確性を欠いている。
だが、それでも充分。避け損なったイストファを弾き飛ばして。
次の瞬間、その顔面でカイルの放ったファイアボールが炸裂する。
ダメージに耐えかねて倒れたグレイアームは、それでも死なない。
死なないが……その致命的な隙が、見逃されるはずもない。
戻ってきたイストファの短剣が、その胸に突き立てられ……グレイアームは絶命する。
けれど。その勝利の瞬間もまた、この暴食の樹海に存在するモンスター達からすれば致命的な隙だったのだ。





