どっちだと思ってるんですか?
「そういえばイストファ」
「ん? どうしたの?」
「そろそろ私達もパーティの共有財産について考えるべきだと思うんですが」
「共有……財産?」
聞いたことのない単語に、イストファは思わず首を傾げてしまう。
共有。共有とは何だっただろうか?
遥か昔にそんな単語を聞いたような気もする。
「えっと……」
「平たく言うと、皆のお金とかアイテムとかです。必要なものを其処から出すんですね」
「あ、そっか。なるほど。そうだよね、仲間だもんね」
もう奪われる心配はないのだ。信用できる仲間となら、そういう事も出来るのだとイストファは思い出す。
「うん、いいと思う。でも、そういうのの管理ってどうするの?」
「普通はリーダーか、あるいは仲間の中で管理役を決めるらしいですけど」
「管理役……」
イストファがドーマを見ると、ドーマはフルフルと首を横に振る。
「いや、やれと言うならやりますけど……私、計算とかそんなに得意じゃないですよ?」
「リーダーっていうならステラさんだと思う、けど」
「普段居ない人を管理役にするのはどうかと思いますよ」
「とすると僕か、カイル……」
イストファの勝手なイメージだが、カイルには計算が得意そうなイメージがある。
あくまでカイルが良ければだが、お願いしてみてもいいかもしれない。
そんな事を考えていたイストファは、ドーマが自分の顔をじっと見ていた事に気付く。
「え、どうしたの? ひょっとして僕がやるべき……ってこと?」
「いえ、そういうわけじゃないのですけど。ステラさん、で思い出しまして」
「思い出すって……知ってるの?」
「知りませんけど。私が言ってるのは、あのステラさんとイストファの関係です。確か……師弟関係だとか?」
「あ、うん」
お婿さん云々に関しては言わなくてもいいかな……などとイストファは考える。
どう説明していいかも分からないし、そもそもよく分からなくて「お断り」したつもりの話だ。
「……それだけですか?」
「えっ」
「本当に、それだけですか?」
「えっと……」
じっと自分の瞳を覗き込んでくるドーマの視線に耐えかねて、イストファは思わずふいと目を逸らす。
「……イストファ?」
「……お婿さんにならないかって言われた、けど。えっと、断った、よ?」
「そうですか」
それを聞いて、ドーマはイストファから離れる。
「それなら、別に構いません」
小さく微笑んだそのドーマの顔が、妙に可愛らしく見えて。
イストファは、ふと湧き上がった疑問を口にしそうになる。
「あの、さ。ドーマ」
「はい?」
「今更なんだけど、ドーマって」
「おーい! そんな隅っこで何やってんだ!」
しかし、イストファの疑問が形になるその前にカイルの大きな声がそれを中断させてしまう。
「色々情報仕入れてきたけどよ、かなりヤベえな」
「そんなにですか?」
「ああ。一階層も大概だったが、二階層になって危険度が跳ね上がってやが……どうしたイストファ」
変な顔になってんぞ、と失礼な事を言うカイルに、イストファは「あー……」と呟く。
「いや、その……うん」
「なんだよ、言えよ。それとも俺は仲間外れか」
そういうわけではないのだが、タイミングを外されるとどうにも言い難い。
しかも「今まで男か女か分からなかったけど、どっちなの?」という失礼極まりない質問であれば尚更だ。
だがカイルの不機嫌そうな顔を見るに、何かを言わなければ一日不機嫌なままということだってあり得る。
どうしようとイストファは焦り……結局何も良い台詞が浮かばずに、諦めたように肩を落とす。
「えっと……その。僕は男で。カイルも男……だよね?」
「俺が女に見えんのかお前」
「……見えないけど。それで、ドーマはどっちなのかなって。その、今更気になって」
「あー」
納得したせいか不機嫌さも消えたカイルは、ドーマをジロジロと見始める。
髪型は銀色の前髪を綺麗に切り揃え、後ろ髪も肩の少し上くらいで整えている。
浅黒い肌はきめ細かく、紫の瞳は通常時でも不機嫌さを隠せていないような感じだ。
身長は、イストファと同じか多少低いくらい。
全体的に言えば男か女かイマイチ微妙なところだとカイルは思う。
声で判断しようにも、どちらともとれる中性的な声だ。
「……俺は男だと思うぞ」
「理由を聞いても?」
笑顔を浮かべるドーマに、正解だと確信したカイルは自慢げに胸を張る。
「決まってる。いいか、医学的に言えば俺等の年代の頃からの男女は色々と差が表れ始めるもんなんだ」
それは声であったりするし、色々と身体的な特徴でも違いが現れる。
「外見で判断しやすい箇所は、胸だな。男は胸は膨らまないもんだが、その特徴にピッタリ当て嵌まぐうっ!」
ドーマに脇を抓られたカイルがよろめき、言葉を失いながら壁に手をつく。
「イストファ、今のカイルみたいなのは『デリカシーに欠けたダメ男』の典型例です。真似しないでくださいね」
「う、うん……」
思わずドーマから距離をとりそうになったイストファは、「それで」と言い放つドーマにビクリと震える。
「イストファは、どっちだと思ってるんですか?」
「え、えーと……女の子、かな?」
僅かに目を逸らしながら言うイストファに、ドーマは「理由は?」と追撃をかけてくる。
「さっき、ちょっと女の子っぽかったから……っていうのじゃダメかな」
「ふむ」
これも「デリカシーがない」発言なんだろうかと縮こまるイストファの様子に、ドーマはクスリと笑う。
「ふふ、なんですかイストファ。私が怒るとでも?」
「え、でも」
「カイルはいいんです。ちょっと、あまりにもダメすぎますから。この辺りで矯正しませんと」
「……お前、俺はか弱いんだぞ……?」
「だから叩いてはいないでしょう」
カイルの抗議を一言で切って捨てると、ドーマはイストファの手を引く。
「さ、行きましょうか」
「え、あの。結局答えは」
思わずそう聞いてしまったイストファに、ドーマは振り返り笑う。
「……さあ? どっちでしょうね?」
「ええ……」
「それともなんですか。私女の子だったら、お姫様扱いしてくれるとでも?」
「えっと」
「そんなの要りませんよ、イストファ。私は私です。それ以外、今必要ですか?」
そう言われて、イストファは頭の中のモヤモヤがパッと晴れたような気がした。
そうだ、その通りだ。
ドーマが男でも女でも、ドーマである事に変わりはない。
「……うん、そうだよね。僕もそう思う」
「でしょう?」
変な事を聞いてしまった。
そう反省するイストファだったが。
「……アレで納得すんのかよ……大丈夫か、イストファ……」
そんなカイルの呟きは、聞こえてはいなかった。





