そんなわけにはいかないよ
冒険者ギルドのカウンター。
そこに載ったゴブリンガードの魔石を見て、職員の男は僅かな驚きに目を見開いていた。
「……まさか、もう持ってくるとは。しかも……」
言いながら職員の男はイストファ達を見る。
まず、前衛のイストファ。
纏っているのはかなり上質な硬革鎧のようだが、持っている武器は短剣、そして小盾。
明らかな軽戦士であり、ゴブリンガードに挑むときにありがちな重戦士ではない。
そして、ヒーラーでありダークエルフのドーマと魔法士のカイル。
エルフであるドーマに関しては正確な年齢は分からないが、見た目は全員子供だ。
重戦士のごり押しでもなく、凄まじく強力な武器を何らかの理由で持っているというわけでもなく。
そんなたった3人の組み合わせでゴブリンガードを突破したという例は職員もあまり聞いたことがない。
実のところ、ゴブリンガードに関しては複数パーティでごり押しして突破する初心者冒険者も多いのだ。
……つまり、目の前の3人は文字通り実力で、そして冒険者としては実に「冒険者らしく」ゴブリンガードを打倒したのだといえた。
「しかも、なんだよ。文句でもあんのか」
「いえ、ありませんよ」
舌打ちをするカイルに苦笑しつつ、職員は3人に「腕輪を出してください」と促す。
通常であれば2階層に行った程度で認めることはない。
しかし劣化ゴブリンヒーローを倒し、正面からゴブリンガードを打倒したのであれば何処からも文句は出ない。
3人から提出された青銅の腕輪を回収箱に放り込むと1000イエン銀貨を5枚と、用意していた銅の腕輪を3つカウンターに並べる。
「では、まずは魔石の報酬5000イエン。そして……私達冒険者ギルド、エルトリア支部はイストファ、カイル、ドーマの3人を銅級冒険者として認定し、その証である腕輪を貸出します。皆さん、彼等の活躍に盛大なる拍手を!」
「ハハッ、今回は早かったな!」
「そりゃそうだ。1階層でゴブリンヒーローを倒しちまった小さな英雄さん達だぜ!」
「おめでとさん、頑張れよ!」
響く拍手や祝福の声に3人はそれぞれの……イストファは素直に照れたように、カイルは僅かに顔を赤くしながら鼻の頭を掻き、ドーマはゆるむ口元を隠すように手で覆い……そんなそれぞれの反応を見せながらも、拍手や声援に軽く応えていく。
そうして一通りそれらがやむと、カイルは軽く咳払いして「それで、だ」と言いながらカウンターに手をつく。
「2階層の情報を買いたい。とりあえず確定情報のみだ」
「はい、それでは纏めて」
「これで足りるか」
イストファから見えない位置にカイルは金の詰まった袋を置き、職員は中身を確かめ「ほとんどをお釣りで返却する事になりますね」と頷く。
「それでは、別室へどうぞ。仲間のお二人には部屋の外で待機いただく事になりますが」
「ああ、構わねえ。イストファ、ドーマ。しばらく此処で待ってろ」
「うん」
「ええ」
何処かへ案内されていくカイルを見送った後、イストファとドーマは何となく顔を見合わせる。
「全部って言ってましたから、少しかかりそうですね」
「だね」
此処、といっても流石にカウンターをいつまでも占拠しているわけにもいかない。
何処か適当に隅っこに行ってようか、と考えイストファは周囲を見回すが……チクチクと突き刺さる視線に耐えかね、ドーマに視線を向ける。
「……ドーマ」
「見られてますね。あまり好意的な視線ではありませんが」
「おい、お前」
かけられた声に振り向くと、そこには以前も見た顔があって……イストファは思わず「うわっ」と声をあげる。
「おい、なんだその態度は」
「だって君、前回僕達に絡んできたし」
そう、それは立派なハーフプレートを纏い剣を腰に帯びた剣士の少年コードだった。
イストファ達と同じ銅の腕輪を嵌めたコードは、イストファを一瞥するとフンと鼻を鳴らす。
「前会った時よりは冒険者らしくなってるな。だが革鎧は玄人向けだぞ、早めに金属鎧に買い替えた方がいい」
「うん?」
突然助言めいた事を言ってくるコードにイストファが戸惑っていると、コードは視線を宙に彷徨わせ「あー……」と呻き始める。
何かを言おうとして悩むような……そんな様子を見せた後、コードは勢いよく頭を下げてくる。
「前回はすまなかった!」
「え!? と、突然何!?」
「……昨日、俺達の仲間に新しくヒーラーが入ったんだ。モリスンっていうんだが……アイツから聞いた。ゴブリンヒーローと真正面から斬り合って、一歩も引かなかったって」
モリスン。その名前も顔も、イストファはまだ明確に思い出せる。
結局重戦士の彼は冒険者を引退してしまったのだろうか?
それとも一緒にパーティに入っているのだろうか。そんな事に思いを馳せそうになりながらも、イストファは「そっか」と答える。
「モリスンは君達と一緒なんだね」
「ああ。今はブリガットと一緒に店に行っている。強力な冒険者に甘えてズルなんかする奴じゃないってモリスンに怒鳴られた。早速抜けられるかとヒヤヒヤした」
苦笑するイストファの前で、コードは顔をあげてイストファに手を差し出してくる。
「それと、銅級昇格おめでとう。もし良かったら、これからは仲良くしてほしい」
「それは、勿論」
イストファがコードの差し出した手を握ると、コードも力強く握り返してくる。
「俺はコードだ」
「僕はイストファ。それと……」
「ドーマです」
おざなりに挨拶をするドーマに「よろしく」と頷くと、コードは手を離す。
「2階層では気を付けろよ。ちょっと気を抜くと死ぬ危ない階層だからな」
「うん、ありがとう」
立ち去っていくコードを見送ると……ドーマが、イストファに肩をぶつけてくる。
「……なんか、ヤな感じの人ですね」
「え、そう? 確かに前回はアレだったけど」
「自分が世界の中心だと思ってるタイプですよ、アレ。『認めてやった』感バリバリじゃないですか」
「そう、かなあ……」
「そうですよ。なんか色々言ってましたけど『モリスンに抜けられたら困るから謝る』しか言ってないじゃないですか」
「あっ」
言われてみると、確かにそんな気もした。
けれど、そうではない気もする。疑いすぎじゃないかと、そんな事も思うのだ。
「……いや、どうなんだろう。でも謝ったんだから悪い人ではないよね?」
「悪人ではないかもしれませんね。善人かどうかというと疑問ですが」
「……難しいなあ」
「イストファはそれでいいと思いますよ?」
私がフォローしてあげますから、と。
そう言って笑うドーマに「そんなわけにはいかないよ」と、イストファは困ったように笑うのだった。





