そこから先は自分で見つけなさいね?
本日の最終的な戦果はイストファの短剣の黒鉄への進化、そして革鎧の新調。
ゴブリンガードの魔石が1個。そして財布の中身は1万2090イエン。
このゴブリンガードの魔石をギルドに持っていけば銅級になれるはずだが、それは明日にしようということになった。
ゴブリンの骨などの売れそうにないゴミは放置しているため、それが今日の戦果だ。
「……という感じです」
「ふむふむ、なるほどね」
宿の部屋でイストファの報告を聞いていたステラは、その内容を吟味するように何度か頷く。
ベッドの上に並んで座っている2人はまるで姉弟のようだが、髪や目の色、種族……何もかもが違うというのに、イストファからのステラへの信頼がその空気を作っているのかもしれない。
「で、イストファ。君は今日の冒険、自分ではどう評価してる?」
「え? 僕、ですか?」
「そうよ、何事もまずは自己評価から。全てはそこから始まるんだから」
「えっと……」
言われて、イストファは今日の冒険の内容を思い返す。
ドーマと会って、仲間になった。そこはいいはずだ。実際、頼りになる仲間だ。
人助けをして、ゴブリンヒーローを倒した。
腕を斬られて死にかけたが、悪い事ではない……はずだ。どうだろう、少し保留だ。
ゴブリンガード戦は、手堅く終えることが出来た。問題はない。
2階層の探索は……最後を除いて成功だったはずだ。武器の進化も出来た。
「……反省すべき点もあったけど、基本的には成功だったと思います」
「理由は?」
「1階層では死にかけました。2階層でも最後、アーマーボアとかいうのに遭遇して……正直、ドーマが知ってなければ危なかったです。それは反省すべき事だと思います」
「ふむふむ」
ステラはイストファの自己評価に何度か頷き……やがて「なるほど?」と声をあげる。
「まあ、大体あってるわね」
その言葉にイストファはホッとするが……続く「でも、根本的なところで的外れね」という言葉に目を見開く。
「え……?」
「まず、君の考え方についてね。『知ってなければ危なかった』。これは一番危険な考え方よ」
「どういう、ことですか?」
「簡単な話よ。知ってるつもりの奴が一番危ないの。噂話レベルのゴブリンヒーローと一階層で遭遇した事で、それを理解するべきだったわね」
そう、理解している。熟知している。この考えが一番危ないとステラは語る。
確かにダンジョン内の情報は確定情報と不確定情報、そして偽情報を分類し精錬して販売されている。
これは先人達が残した確かな知識の集合体だが、当然ながら「全知」ではない。
未確定情報であったゴブリンヒーローの事のように、未だに知られていない事象だって数多く存在し得るのだ。
「情報を得ることは行動に合理性と迅速さを与えるわ。でも同時に、得た情報から外れた事態が発生した時に全てのメリットは反転するわ」
「でも、それが分かってれば」
「そうね。でも、誰もが自分の知識を無意識のうちに妄信するわ。理解できない事を恐れるが故に、全ての事情を自分の知識から派生させ理解しようとするの」
「え、えーと……」
難しい言葉に疑問符を浮かべてしまうイストファに、ステラはクスリと笑う。
「つまりね、人は誰もが『理解できる範疇』で理解しようとするのよ。貴方達がゴブリンヒーローを『剣を持ってるからゴブリンソードマンだ』と思ったようにね」
「あ……」
「もし何も分からなかったら、立派な剣と盾を持った強そうなゴブリンだと警戒したわよね? これは知識が理解を邪魔した例だと言えるわ」
「すみません……」
「謝る必要はないわ、誰もが陥る事だものだし……その代償も貴方は払ったわ」
確かに、イストファは自分の腕を失いかけた。
勿論油断したつもりは欠片も無いが……確かに代償と言えるだろう。
「あの、ステラさん」
「なに?」
「なら、知識を得るのはいけないことなんでしょうか?」
「まさか。無知程怖いものはないわよ」
「え……?」
なら今までの話は何なのか。そう思ってしまうイストファに、ステラは悪戯っぽい笑みを浮かべながらイストファの頭を撫でる。
「言ったでしょ? 危険なのは知識の妄信。大切なのは、得た知識をどう使うかって話よ」
「でも、無意識でそうなるって」
「意識しなさい。似ている、と思う事はいい。でも似ているは基本的に『異なる』だと理解なさい」
「それって、どういうことですか?」
「んー……『似てる』じゃなくて『違う』を探せって事かしら。イストファ、エファ草とディグ草の違いは?」
「ディグ草は葉の裏に紫の線が走って……あっ」
そうか、と理解する。
今の話は、イストファとステラが初めて会った時の事。
エファ草に似ているディグ草との判別法について問われた時に、イストファが答えた事だ。
エファ草とディグ草。2つの草はとても似ているが故に間違いやすく、それ故に事故も起こりやすい。
大切なのは「何処が違うか」をハッキリと理解している事だ。
「そういう事よ。『似ている探し』は危険。それは死に近づく行為よ。これが今日の君への授業の1つ目」
「はい。あ、1つ目ってことは」
「当然、次があるわ。2つ目は、『知らないものはまず全体を観察する』こと。相手の特徴を観察して、危険な箇所を探しなさい。ゴブリンヒーローであれば剣。なら、アーマーボアであれば?」
「えっと……鎧、ですか?」
答えるイストファの頬をステラはつつき「その答えじゃ半分ね」と笑う。
「次に会ったら、もっとしっかり観察してご覧なさい? アレの突撃は確かに脅威だけど、無敵ってわけじゃないのよ」
「弱点が、ある……」
「そこから先は自分で見つけなさいね?」
そう言うとステラは笑って、イストファを軽く抱き寄せる。
「ま、でも総括するなら頑張ったわね! 偉いわよイストファ! この調子でガンガン成長してちょうだい!」
「わわっ」
「どう? 今夜は一緒のベッドで寝る? そのくらいのご褒美はあげてもいいと思うのよね」
「ひ、1人で寝ます!」
叫ぶと、イストファは慌てて自分のベッドに潜り込む。
その様子をステラは笑って見ていたが……その瞳は、優しげなものへと変わっていく。
「……どんどん挑戦なさい。死の確約された無謀でない限り、私はそれを応援するわ」
死の確約された無謀。
イストファがここまで経験してきたものは、ステラにとってはそれに該当しないのだろう。
そんな事を考えながら、イストファは目を瞑る。
「はい。それじゃあ……おやすみなさい、ステラさん」
「ええ、おやすみなさいイストファ。良い夢を」
その日、イストファはアーマーボアを倒した夢を見た。
しかし、当然ながら……朝起きた時に「夢の中でどうやって倒したか」は全く覚えていなかったのだ。
 





