考えるのは後にしてください
「よかった……のかな?」
「俺に聞くなよ。まあ、よかったんじゃねえか?」
「だよね」
満足気なドーマにイストファとカイルは頷き合い、返された短剣をじっと見つめる。
恐らく良いものになっているのだろう事は分かるが、2人とも専門家ではないので詳しく理解できるはずもない。
「とにかく、もう少し魔石を集めてみるか。これじゃ帰るにも戦果が半端だ」
「そうだね……あ、そういえばカイル。さっきの魔法って」
「ああ、あれか」
イストファに聞かれて、カイルは自慢げに胸を張る。
「要はな、今の俺の魔力に合った魔法を撃ったわけだ。魔力を鍛えてない駆け出しでも撃てるレベルだが……まあ、魔力が足りてる分、しっかりと効果を発揮したわけだな」
「えーっと……そっか。よかったね!」
「いや、絶対分かってねえだろ」
「うん。でもカイルの魔法がちゃんと効果を発揮するようになったってのは分かったよ」
「……いやまあ、いいけどよ」
諦めたような表情で頭を掻くと、カイルは「そういうことだ」と続ける。
「これからは俺も威力は弱いが、ある程度攻撃に参加できる。多少は楽させてやれるぞ」
「いい事ですね」
「うん」
3人は頷き合うと、再びイストファを先頭に森を進む。
冒険者の男に言われていたカブトムシは退けたし、巨大キノコも倒した。
戦果としては上々で、道も一階層と比べれば分かりやすい。このまま奥まで進めるのではないかと、そんな感覚にまでなってしまう。
「それにしても……」
「ん?」
「どの木にも果物がついてるね」
「ああ。たぶん『暴食』ってのと関連してるんだろうがな」
あの男が儲かると言ったのもその辺りに秘密があるのだろうとカイルは思う。
季節を無視した鈴なりの果物。持って帰ればそれなりに需要はあるだろうが……。
「そこまで儲かるとも思えねえんだよなあ」
モンスターを避けて果物を狩り集める事も難しそうだ。
キノコはともかく、カブトムシやクワガタは木に登っていても追ってくるだろう。
となると、少なくともあの場に居る冒険者達はその辺りは撃退できる実力はあるはずだ。
ドロップ品に何かあるのかもしれないが、情報がない今では分からない。
そうやって考え込むカイルを見て、ドーマとイストファは顔を見合わせる。
「止まっちゃいましたけど。カイルって、いつもこうなんですか?」
「いや、僕もそんなに長い付き合いじゃないから……でも一階層ではこんなんじゃなかったよ」
「情報が足りないと納得するまで考えちゃうタイプなんですかね? 里にこういう人居ましたよ」
「へえ、そんな時どうするの?」
「こうするんです」
言うが早いか、ドーマはカイルを軽くビンタする。
「ぶはっ!? な、何しやがる!」
「考えるのは後にしてください。一番隙だらけな癖に更に隙作ってどうするんですか」
「うぐっ」
自覚があったのかカイルは素直に「すまん」と謝って杖を構えなおす。
「先に進もう。今まで出てきた程度のモンスターならどうにか出来るはずだ」
「うん。でもクワガタはちょっと怖いかな?」
「なあに、俺の魔法で幾つか実用になるものが分かったんだ。次来たらどうにかしてやらあ」
ハハハ、と笑うカイルの耳に届くのは、あのヴヴヴ……というホバリング音。
左から聞こえてきたその音に慌ててカイルが振り向けば、木々の向こうから数匹のカブトムシが飛んできているのが見える。
「き、きやがったな!? やるぞ2人とも!」
どうにかするんじゃなかったのか、などと野暮なことは言わない。
ドーマは少し生温い目になっていたが、言わない分優しいだろう。
「イストファ、メイス使います!?」
「……ううん、考えがある。この短剣でやってみる!」
「分かりました!」
それで作戦会議は終了し、小盾を前面に構えたイストファを先頭に後衛にカイル、そしてカイルを守れる位置にメイスを構えたドーマが立つ。
そして、それとほぼ同時にカブトムシ達がイストファ目掛けて突っ込んでくる。
「ファイアショット!」
カイルの放った火球の魔法をカブトムシ達はアッサリと躱し、そのまま急加速してイストファへと突っ込み……肩を狙った2匹は革鎧に弾かれ、残りの1匹はイストファの小盾にカウンター気味に殴られ木へと衝突する。
そして、弾かれフラフラと飛んでくるカブトムシをドーマのメイスが叩き落とす。
そのままドーマはイストファがしていたように何度もカブトムシを踏みつけ、残る1匹は離脱して逃げていく。
だが、それで終わりではない。
激しい羽音を響かせながら突撃してきたクワガタムシを、イストファはしっかりと見据える。
このタイミングで来ることは分かっていた。
あの巨大なハサミでイストファの首を狩りに来るのなら、何処に居ても必ず降りてくる。
だから。イストファは、クワガタムシが急加速したタイミングで一気に姿勢を低くする。
避けるのではない。クワガタムシがイストファの首のあった位置に到達する、そのタイミング。
その一瞬を狙って、イストファは小盾を全力で突き出した。
ガゴンッ、と。金属同士が凄まじい勢いで衝突する鈍い音が響く。
イストファの腕にビリビリと響く衝撃はしばらく小盾を持つ腕が使い物にならない事を伝えてくる。
だが、もう片方の腕は動く。
地面にひっくり返り無防備な腹部を晒すクワガタムシに、イストファは思い切り短剣を突き刺す。
ガギンと背中の装甲に弾かれた音が伝わるが、腹部に差した刃は深々とクワガタムシを貫き、イストファはその勢いのまま一気に斬り上げる。
そして……それが、この戦いの決着だった。





