それ、合成しないんですか?
「ドーマ!」
「平気です!」
言いながら、ドーマはゴブリンを棍棒で殴り倒す。
容赦なく頭を狙っていく攻撃にゴブリンは動かなくなり、動かなくなったゴブリンを見下ろしてドーマは「ふう」と息を吐きながら襟元を少し緩め……いつでも飛び出せるように態勢を整えていたイストファに気付き、指先でイストファの背後を指差す。
「それ、魔石取り出さないんですか?」
「あっ」
イストファは慌てて振り返ると、全身鎧で覆われたゴブリンガードの死骸を見て……再度ドーマへと振り返る。
「……この鎧、どうやって外すの?」
「ちょっと待ってください」
ドーマは仕方なさそうに駆け寄り、ゴブリンガードの死骸の近くに座り込み肩アーマーを弄り始める。
「まずは、肩アーマーを外すんです。イストファはそっちを」
「分かった」
ドーマのやっている事の見様見真似でイストファはゴブリンガードの肩アーマーを外していき、両肩分が外れたところでドーマが胴鎧の金具に手をかける。
「ここです、イストファ。この金具を外せば胴鎧を外せます」
「なるほど……やってみていい?」
「ええ、どうぞ」
ドーマの隣に並んでイストファが胴鎧の金具を外すと、ようやくゴブリンガードから胴鎧を外せるようになる。
「ふう、これで魔石をとれるよ」
「ええ。けど……」
「ん?」
ナイフを抜き慣れた手つきで魔石を取り出すイストファを見ながら、ドーマは呟く。
「……こうして触れている間は、死骸は消えないのかもしれませんね」
「え、そうなの!? カイル……」
「すまん、消えた」
起き上がり申し訳なさそうな顔をするカイルの近くには、ゴブリンの牙や骨らしきものが落ちている。
拾っていってもいいが、売れそうにはない。
「あー、うん。いいけど」
ちょっと悲しそうな表情でゴブリンガードの魔石を持つイストファにカイルは再度「すまん」と謝るが、イストファは気を取り直すように「いいよ」と返事する。
魔石を取る前に消えてしまうのは初めてではないし、死骸が消えない条件を発見したのは良い事だろう。
「とりあえずドーマ、コレ返すね」
「はい、確かに」
イストファからメイスを受け取ったドーマは自分の腰に吊るし、イストファが袋に仕舞った魔石を指差す。
「それよりイストファ。それ、合成しないんですか?」
「うっ……どうしようかなあ」
ゴブリンガードの魔石は特殊個体だから、最低でも2000イエン。
けれどゴブリンソードマンの魔石より大きい気がするから、グラスウルフの魔石のように4000イエン……いや、ひょっとすると5000イエンするだろうか?
「えーと……」
「いやいや、待て。そいつは二階層到達の証拠になるかもしれねえんだ。今はとっておくべきだろ」
「む」
「あ、そっか」
二階層がどんな場所かイストファには分からないが、きっと一階層よりも厳しい場所なのだろうという事くらいは分かる。
ならば今は、コレは証拠としてとっておくべきなのだろう。
「えっと、ドーマ。今はやめておくよ」
「そうですか……」
少し残念そうなドーマだが、食い下がりはしない。
「じゃあ、二人とも」
「ああ」
「ええ」
ゴブリンガードの護っていた、二階層への階段。
イストファを先頭に降りていく三人の進む先……階段の出口で、イストファは一階層とは全く違う光景に絶句する。
「え、何これ……」
其処は、何処かの室内のようだった。
木で作られた広々とした室内の壁にはランタンがかけられ、煌々と周囲を照らしている。
何人かの冒険者が布団を被って寝ている姿も見えるが……どうやら、この場所は休憩所になっているらしかった。
しかし何よりイストファの視線を引き付けたのは、今降りて来たばかりの階段の出口の横に置かれた台座で輝く、帰還の宝珠によく似た何かだった。
「これって……帰還の宝珠?」
「そういう事を言うってこたあ、新しく来た奴か」
「うわっ!?」
イストファの呟きに、部屋の隅で布団を被っていた男の一人が起き上がる。
「ふぁ……ようこそ、第二階層『暴食の樹海』へ。此処は儲かるぜ、生き残ればな」
「生き残ればって、ダンジョンは何処でもそうですよね?」
「まあな。だが一階層は遊びみてえなもんだ。怖くなるのは此処からだぜ?」
言いながら男は服の中に手を突っ込んで掻くと帰還の宝珠によく似た何かを指差す。
「で、ソレだがな。登録の宝珠と呼ばれてる。此処まで来た奴に初めて解禁される情報なんだが……触れると到達階層が記録される。んでもって、次回以降は地上の「転送の宝珠」に触れる事で登録した階層に跳べるんだよ」
その「転送の宝珠」は一階層に降りてすぐの場所にあるらしいのだが……どういう理屈か「登録の宝珠」に触れた事のない者には見る事も触れる事も出来ないのだという。
そして、それ故に自力で二階層に辿り着けない者にこの情報を明かす事は禁じられている。
最低限の実力すら無い者に転送の宝珠を使わせても無駄に死ぬだけだから……という配慮であるらしい。
「で、だ。此処はこのダンジョンの中で唯一といっていいくらいに安全の確保されてる場所だ。帰るなら今のうちだぜ? 何度も言うが、怖くなるのは此処からだ」





