うん。それでも……ありがとう
「う……」
「大丈夫か、イスト……むぐっ!」
目を覚ました時、イストファが最初に見たのはカイルの顔と……それを押しのける腕だった。
「邪魔です、カイル」
「何ほざきやがる! おいイストファ、立てるか!?」
「え、う、うーん……」
頭の下の柔らかい感触。それがドーマの膝枕だと気付いて、イストファはドーマを見上げる。
「……なんかごめん、ドーマ。重かったでしょ」
「別にそんな事は無いです。むしろ軽すぎてどうしようと思ってましたが」
「はは……」
確かに今までロクなものを食べていなかったせいか、イストファの身体は同年代と比べるとあまり立派ではない。
それでもドーマの負担だろうとイストファは身体を起こし立ち上がると、周囲を見回す。
「……そういえば、重戦士の人は?」
「そこにいるぞ」
カイルの示す方向へと振り向けば、そこには申し訳なさそうに立っている重戦士の姿があった。
頑丈そうな鉄の鎧に刻まれた傷は戦いの跡を色濃く残しており、立派な身体に似合わぬ自信の無さが滲み出ていた。
「えっと……どうしたの、あの人」
「冒険者としてやってく自信が無くなったんだと」
くだらねえ事を言いやがる、とカイルは吐き捨てる。
冒険者をやめて他に道があるならともかく、冒険者をやっているのは大体は他に進むべき道の無い連中の集まりだ。
やめたいなら死ぬまでにそう出来るだけの金を稼ぐしかない。
つまり実現性のない泣き言なのだ。
「それは分かるけど……でも死にかけたんだし」
「お前もそうだろ、イストファ。でも冒険者やめたいか?」
「それはないよ」
「だろ?」
イストファが即答すると、カイルは満足そうに笑う。
「この道を選んだ時点で覚悟しなきゃいけねえんだ。この何処まで続くかも分かんねえ迷宮の何処かで朽ちるかも……ってな」
「そうですね。目的を果たすのが先か、それとも死ぬか。抱く願いの重さだけ死に近づいていく。それは冒険者の宿命のようなものです」
「願いの、重さ……」
イストファの願い、一流の冒険者。
愛されたいが故のその願いの重さは、どのくらいなのだろうか?
「イストファ」
考え込んでしまうイストファの近くに、モリスンが歩いてきて頭を下げる。
「ありがとう。おかげで仲間を助けられた」
「あ、うん。その……無事で良かった」
「俺はグラートを連れてダンジョンを出ようと思う。その後は……考えないといけないけど」
「そう、だよね」
重戦士グラートがどういう道を選ぶにせよ、もう1人の仲間の魔法士は死んでしまっている。
彼の弔い、そして新しい仲間の勧誘……そうした事を考えれば、すぐにモリスンのパーティが再始動出来るはずもなかった。
「でも帰るたってよ、どうするつもりなんだ」
「コレがある」
言いながらモリスンが腰の袋から取り出したのは、イストファ達にも見覚えのあるものだった。
「帰還の宝珠……!」
「本当は二階層に進んでから、もうダメだと思った時に使うつもりだったんだけどな。これを使えば皆帰れる。イストファ達も、今日はもう無理だろ?」
「う……」
イストファは、切り飛ばされたはずの自分の腕に触れる。
「あ、どうです? 違和感はないですか?」
「うん、ドーマとモリスンのヒールだよね? ありがとう」
まるで斬られたのが嘘のようにくっついている腕を動かしながら、イストファは安堵の息を吐く。
鞘には腕ごと飛ばされたはずの自分の短剣も差してあって、気絶している間に後片付けが全部終わっていた事をイストファは理解する。
「それと、これを」
言いながらモリスンは、地面に置いていたそれを拾い上げイストファに渡してくる。
あまりにも見覚えのあり過ぎる剣に、イストファは受け取ると剣とモリスンを交互に見てしまう。
「これって……ゴブリンヒーローの」
「ああ、ちょっと細部は違うが……アイツの剣だ。治療の間に死骸は消えたけど、それが出てきたんだ」
剣の柄には緑の宝石がついていて、恐らくは何らかの特殊な能力付きであろうと予測できる。
実際に何かまではイストファには分からないが、少なくとも赤い宝石の「鋭刃」や青い宝石の「魔力」でない事は確かだ。
「お前が貰う権利がある。お前が要らないなら、お前等のパーティで金に換えて分ければいい」
「……そっか。ありがとう」
「礼は要らない。助けて貰った報酬……って言うと図々しいな。助けに来た奴の権利だ」
「うん。それでも……ありがとう」
そう言うと、モリスンは照れたように「変な奴だな」と鼻の頭を掻く。
「で、どうするんだ? 帰るなら助けて貰った礼に一緒に連れて行くし、帰らないなら俺の仲間の持っていた装備と金を渡す」
高価であるらしい帰還の宝珠の相乗りの権利、あるいは死んだ魔法士の遺品が報酬ということだろう、とイストファは理解する。
しかし選ぶまでもない。今日は一度帰ってゴブリンヒーローの事を報告した方がいいだろうし、何よりも。
「鎧……壊れちゃったしね」
ゴブリンヒーローに斬られた時に、革鎧もかなり破損してしまっていた。
少なくとも肩アーマーは、もう使い物にならない。
「よし、そんじゃ有難く同乗させてもらうか」
「そうですね、イストファ……そう落ち込まず。きっとその剣も高値で売れますよ」
ドーマに慰められて、イストファは「そうだね」と力なく頷く。
黒字か、赤字か。それは清算してみるまで分からないが……ともかく、イストファ達は今回も無事に地上への帰還に成功したのだ。





