もっと早くそれ言ってくれたらいいのに
「打撃……」
「そうだ。斬撃であの鎧を突破するのはキツいけどな」
「だったら、もっと早くそれ言ってくれたらいいのに」
「言ったらお前、無理して鈍器買おうとするだろ?」
「うっ」
確かに買っていたかもしれない。だからこそイストファは何も言えなくなってしまう。
「それにまあ、俺の魔法が威力を発揮すれば済む問題でもあったからな。そこまでお前頼りってのもどうかと思ったんだよ」
「……そっか」
「ていうか、私をほっといて二人で話進めるのはやめてくれませんかね」
ムスッと拗ねたような表情のドーマにイストファは思わず「ごめん」と謝ってしまう。
確かにカイルからドーマに質問していたのに、そこに割り込んだのはイストファだ。
「いえ、別にいいんですけどね。メイスも貸せというなら貸しますよ?」
「おう、そうか。助かる」
「私だって今は仲間ですから。そのくらいは貢献します」
言いながら、ドーマは腰に手を置いて胸を張る。
その偉そうなポーズにカイルは何とも微妙な表情になるが……イストファは思わず笑ってしまう。
「なんですか、何がおかしいんですか」
「ふふ、ごめん。なんかこう、楽しくてさ」
ほんの数日前までは、こんな会話を出来るようになるなんて思わなかった。
路地で明日も知れない生活を送っていた子供だった自分が、今はこうして一階層突破の為の作戦を練っている。
それが、とても楽しいのだ。
「変な人ですね」
「かもね」
ドーマにそう答えると、イストファはさて、と呟きながら腕を振る。
「それじゃあ、どうするの? 二階層目指しちゃう?」
「いや、待て待て。慌てんな。今日は無茶しねえって話だったろ」
「そうですよ。いくら何でも、一撃で殺されたらヒールだって効かないんですよ」
「あ、あはは。そうだったね。じゃあ二階層に行かない程度に頑張ろうか」
誤魔化すようにイストファが言った、その時。虚空から血塗れの少年がよろよろと現れる。
ヒーラーの証である灰色のローブは破れ、身体にも切り傷が無数についている。
控えめに言っても死ぬ一歩手前に見えるその少年は、イストファ達を見ると安心したように「あ……」と声をあげて倒れ込む。
「ド、ドーマ!」
「はい! ヒール!」
ドーマの手から放たれた白い光が少年を包み傷を癒すが……それでも、傷は完全には癒えない。
「これはてこずりそうですね……ヒール!」
少年の近くに膝をつき連続でヒールをかけていくドーマ。
その甲斐あって少年の傷は綺麗に癒えていくが……少年を見下ろしていたカイルは厳しい表情で少年の傷を見ていた。
「随分やられてやがるな……まさか溜まってる場所に突っ込んじまったのか?」
「全部切り傷に見えるけど」
「そうだな。ファイターじゃねえだろう。ファイター相手なら『割られる』からな」
物騒な事を言うカイルだが、その表情は少しでも情報を得ようと真剣そのものだ。
やがて本人に聞くのが一番早いと判断したのか、カイルはドーマの反対側にしゃがみ少年に話しかける。
「おい、おい。そろそろ話せるか」
「ちょっと、怪我人ですよ」
「ヒールはかけてるだろ。万が一コイツをゴブリンの群れが追ってきてるようなら、今すぐにでも逃げないといけねえんだ」
そう言えばドーマも黙り込み……そんなカイルを、イストファはそっと押しのける。
「おいイストファ。なんだお前まで」
「ドーマの言う通り、怪我人だから。僕が聞くよ」
「それがいいですね。カイルは口が悪いですから」
「おい……」
ふてくされた風のカイルだが、とりあえず放置してイストファは少年の顔を覗き込む。
「ごめんね。でも状況を聞きたいんだ……何があったの?」
出来るだけ優しくイストファが話しかけると……その手が、イストファの足を掴む。
「え、ちょ……」
「……たすけて」
「大丈夫。助かるよ。だから落ち着いて」
「違うんだ……!」
イストファの足を掴む力が強くなり、少年の必死な瞳がイストファを見上げる。
「俺の仲間が、異常に強いゴブリンに……! お願いだ、助けて……!」
「ギイー!」
「ひっ……」
少年の来た方角から飛び出してきたのは、一匹のゴブリンスカウト。
緑の宝石のついた短剣を振りかざすゴブリンスカウトに、カイルやドーマが反応するよりも先。
飛び出したイストファの小盾がゴブリンスカウトの短剣を正面から弾く。
「ギッ……!?」
「でやあ!」
続けて振るう小盾がゴブリンスカウトの短剣を持つ手を殴りつけ、痛みにゴブリンスカウトが短剣を取り落とす。
サクリ、と。ゴブリンスカウトの短剣が地面に突き刺さる音の響くその時には、懐に入り込んだイストファの短剣がその胸を深く貫いていた。
だが、それでも油断はしない。
ゴブリンはずる賢い。そのステラの教えがイストファを突き動かし、トドメとばかりにゴブリンスカウトを切り裂く。
「ガ、ァ……」
倒れたゴブリンスカウトから手早く魔石を取り出すと、イストファは振り返る。
「強いゴブリンって、今の……じゃないよね?」
「あ、ああ。今のは俺を追ってきただけの……ってそうだ! お願いだ! 俺の仲間を……まだ戦ってるんだ!」
少年の願いに、イストファはカイルとドーマの顔を順に見て。
ドーマは静かに頷き、カイルは仕方なさそうに肩をすくめる。
「……無理だと思ったら逃げるって事でいいよな?」
「勿論だよ。僕達まで死んだら意味がない」
「よし、それなら決まりだ。おい、まずは話を聞かせてもらうぜ?」





