表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/332

世界は優しくない。けれど、思ったよりは優しい

 そんな妙な事をステラが言っているとは夢にも思わないイストファは、草原を走る。

 ステラに貰った情報は、とても有用だ。

 ゴブリンはずる賢い。ダンジョンでは放置していると死骸は消えてしまう。

 そして、ダンジョンにいるモンスターは普通ではない。

 どれも知らずにいて良いものではないだろう。


「ゴブリン、は……っと!」


 突然視界の先に現れたゴブリンの姿に、イストファは思わず自分の口を塞ぎ足を止める。

 そこに居たのは、イストファに背中を向け歩いていた1体のゴブリン。

 錆びたナイフのようなものを手に持っているが、呑気に散歩でもしているように見えた。

 今まで何処に居たのか、どうして見えなかったのか。分からないが……イストファはグッと態勢を低くすると、全力でダッシュする準備を整える。


「ギ?」


 前方を歩いていたゴブリンがイストファに気付き威嚇の声をあげるその前に、イストファは足に力を籠め一気に距離を詰める。


「でやあああああ!」

「ギアッ!?」


 踏み込み、短剣を振り下ろす。

 その動きは先程よりも迷いなく、先程よりも鋭く。

 自分でも思っていなかった程の動きにイストファは驚くが……そこで油断はしない。

 ゴブリンはずる賢い。ステラに言われたその言葉が、イストファを突き動かし更なる一撃を繰り出す。


「グ、ガ……」


 倒れたゴブリンに最後の一撃を突き入れると、イストファは僅かに離れてゴブリンを観察する。

 寝ている人間とは違う、ピクリともしないその身体を見て……ようやく「死んでいる」と確信する。


「……ふう」


 これで大丈夫。そう安堵すると、イストファはゴブリンの死骸の近くに膝をつき心臓があるだろう部分に短剣を突き入れる。


「あ、れ? これは……」


 本来生き物の心臓があるべきであろう其処には、心臓ではなく小さな赤い石のようなものが存在していた。

 イストファの小指の先程の小粒で色が薄く、しかし自ら発光する不思議な石。


「これが、魔石……」


 よく分からないが凄い力を秘めているように見えるそれを、イストファは腰の袋に入れる。

 わざわざ衛兵が教えてくれたからには、たぶんこの魔石が何らかの成果として数えて貰えるはずだとイストファは考える。

 ならば、これを集める事が結果に繋がるはずだ。

 そんな事を考えているイストファの目の前でゴブリンの死骸は消え、持っていたナイフも……何かが倒れていた跡すら其処には残らなくなる。


「……ほんとに不思議だなあ。どういう仕組みなんだろう」


 不思議といえば、ゴブリンが突然現れる仕組みも不思議だった。

 ダンジョンはそういうものだろうかと考えて。やはり違うとイストファは思う。


「……あのゴブリン。突然現れたっていうよりは『突然見えるようになった』って感じだった。これだけ天気が良くて見通しがいいのに、そんな事あるのか?」


 冒険者ギルドで情報を買えば、その辺りの事も分かったのだろうか?

 しかし今回は「お金を貯めて後日情報を買ってダンジョンに挑む」といったような手段はとれない。

 せめて安全な宿に泊まれるようにお金を稼いでおかなければ、失うものが多すぎるのだ。

 そればかりは、イストファが許容できることではなかった。


 世界は優しくない。それがイストファが冒険者を始めてから得た真実である。

 けれど、思ったよりは優しいというのも……今日知った事実ではあった。

 まだその辺りの整理はついていないが、理解できることはある。

 たぶん……たぶん、なのだが。

 他人から優しさを向けられるには、最低ラインが存在している。

 それが「人」としての基準であり、イストファはかろうじてそのライン上に居るのだ。

 だから、そこから滑り落ちる事は許されない。

 少しでも上へ。たとえば一流と呼ばれる冒険者になったなら、向けられる優しさはもっと多くなるはずだ。


 そう、イストファは幸せになりたかった。その為に、一流冒険者を目指す。

 これはその為の第一歩なのだ。


「とにかく、お金を貯めて宿に泊まる。それから、ギルドで情報を買う……よし」


 やるべき事を呟き確認すると、イストファは短剣を握る。

 よく分からないが、この場所では突然モンスターが見えるようになる。

 そして、今のところ出てくるのはゴブリンだけ。

 けれど他のモンスターが出てこないとは限らない。


 ……ここから判断できる「する事」は、敵が見えないからといって走らない事だ。

 今まで敵が見えないからと走っていたのは、あまりにも軽率だった。

 そして「するべき事」は、先制攻撃をできるようにする事だ。

 イストファは戦闘訓練を受けたわけではないしマトモな戦いの経験を蓄積しているわけでもない。

 となると、ゴブリン相手であろうと初手をとられたら殺される可能性は充分すぎる程にある。

 ならば「その為に出来る事」は……何か。

 匍匐前進? 違う。見つかりにくくはあるかもしれないが、瞬時に攻撃に移れない。

 見つからない為の行動なんてものは、心得すらない。

 残された事は、ただ1つ。「敵より早く動く事」。これしかない。


「やるぞ……!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載「漂流王子ジャスリアド~箱庭王国建国記~」
ツギクルバナー

i000000
ツギクルブックス様より書籍発売中です。売り上げが続刊に繋がりますので、よろしくお願いいたします……!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ