余計な事考えるんじゃねえ
「うっ……」
後ろから歩いてきたカイルも、ドーマも。すぐにイストファが止まった理由を知る。
そこには、イストファと向かい合う二匹のゴブリンの姿。
一匹はゴブリンソードマン、もう一匹はゴブリンファイター。
二匹の特殊個体を相手に、イストファは慎重に距離を測る。
どちらも強く、放置できるような相手ではない。だが……同時に相手できると思う程、イストファは驕ってもいない。
そして同時に、ゴブリン達もイストファが一筋縄ではいかないと本能で感じ取っている。
勿論、後ろの二人が何をするのか分からないという警戒もあっただろう。
その互いの警戒は作戦会議の余裕を生み、イストファは振り返らないままに背後の二人へと声をかける。
「カイル、ドーマ。何か……手はない?」
片方を倒す事は出来る。イストファも、その自信はある。
けれど、もう片方に倒されてしまうかもしれない。
イストファ1人では、その結末が見えているからこそ……イストファは仲間に頼る。
そしてカイル達は顔を見合わせると、一瞬のうちに頷き合いドーマが前へと出る。
「ドーマ……?」
「イストファ。ソードマンの相手は私がします」
「分かった。任せる」
ドーマの実力は、グラスウルフとの戦いで知っている。
恐らくは技量だけでいえば自分より上かもしれない。
そう考えたからこそ、イストファは頷いて。
イストファの隣に立ったドーマは、静かに息を整える。
「イストファ、ドーマ。俺が最初に一発デカめのを撃つ。その後は任せるぞ」
「うん」
「ええ」
二人の間から、カイルが杖を差し入れて。
それが何かの合図だと察したゴブリン達が走る態勢に入った、その直後。
「メガン・ボルテクスッ!」
カイルの杖から放たれた枝分かれする電撃がゴブリンソードマンとゴブリンファイターに命中し、僅かに弾き飛ばす。
あの夜落ちぶれ者達を吹き飛ばした時とは明らかに違う、吹き飛び具合。
「チッ、やっぱりか!」
カイルの魔法の威力が下がっているわけではなく、落ちぶれ者達などよりゴブリン達の方が強いという、ただそれだけの事実。
それを察したカイルが舌打ちするが、電撃で吹き飛ばされ出鼻をくじかれたゴブリン達の、その隙を狙ってイストファとドーマが走る。
「でやあああっ!」
「はあああっ!」
ドーマのメイスがゴブリンソードマンの頭を思い切り殴りつけ、イストファの短剣がゴブリンファイターの腹部を切り裂こうとして……しかし、虚空から突然飛来した火球に目を見開く。
「なっ……くうっ!」
咄嗟に突き出した小盾に命中した火球が砕け、炎を撒き散らす。
炎の熱がイストファを襲い、しかし火傷する程ではない。
けれど……それは、イストファに大きな隙を作ってしまう。
「ガアアッ!」
「くっ!?」
ゴブリンファイターの振るう斧をすんでのところで回避したイストファだが、その回避のせいでソードマンを何度も殴っていたドーマと距離が開いてしまう。
「この……っ!」
「ギイイイ!」
連続で斧を振るうゴブリンファイターの攻撃は激しく、その中を掻い潜るということはイストファには出来そうにもない。
力尽くで突破するにも、斧相手では下手をするとイストファの短剣の方が弾き飛ばされる。
どうする、どうすれば。
ゴブリンファイターの攻撃を回避しながらじりじりと下がっていくイストファの視線の向こうに、杖を構えたゴブリンマジシャンの姿が映る。
このままでは。焦るイストファの横を電撃が通り抜け、ゴブリンマジシャンを吹っ飛ばす。
「余計な事考えるんじゃねえ、イストファ! 目の前のに集中しろ!」
「……分かった!」
そう、背後にはカイルがいる。前にはすでにゴブリンソードマンを撲殺したドーマが居て、戻ってこようとするゴブリンマジシャンへと襲い掛かっている。
一人じゃない。仲間と戦っている。だから、退いてなんかいられない。
前へ。
決意すると同時、イストファはゴブリンファイターの振り下ろす斧に向かって前へと出る。
態勢は、低く。短剣を下げ、力強く大地を踏みしめて腕に力を込める。
使うのは……短剣ではなく、小盾。
振り下ろされる斧。それを持つゴブリンファイターの手を、下から跳ね上げるように打ち据える。
「ガッ……」
ゴブリンファイターは斧を手放さない。
当然だ。力自慢のゴブリンファイターが、その程度で斧を手放すはずもない。
だが、僅かな腕の痺れと痛み、跳ね上げられた衝撃は次の行動を遅延させる。
だからこそ、ゴブリンファイターは自分の腹に突き刺さる短剣を防げない。
「うああああああああああ!」
叫ぶ。イストファは叫び逆手で短剣を引き抜くと、ゴブリンファイターの腕を斬りつける。
狙いはゴブリンファイターの抵抗の排除。その狙い通りにゴブリンファイターは斧を取り落として。
その瞬間、イストファはゴブリンファイターに蹴りを入れると斧を掴み取り、ゴブリンファイターの鎧に覆われた胸部への一撃を喰らわせる。
ガギン、と。響く音は衝撃と共にゴブリンファイターを弾き飛ばし、踏ん張りのきかなくなっているゴブリンファイターは地面へと転がってしまう。
そうなれば、もう終わり。倒れたゴブリンファイターを見下ろすイストファの、斧が振り下ろされて。
ゴブリンマジシャンを馬乗りで殴っていたドーマへと駆け寄っていけば……それは、もはや戦闘終了の合図も同然であった。





