この二人、実は相性悪いんだろうか?
走る。ゴブリンの背に向けて、イストファは走る。
短剣はすでに抜き放ち、小盾は構えている。
走るイストファの足が草を踏み、激しく音を立てる。
気づかれても構わないという盛大な足音はしかし、速度を充分に確保する。
「ギッ……」
だからこそ……棍棒を持ったゴブリンが音に気付き振り返るその時には、イストファはすでにその眼前で短剣を閃かせている。
「ギアッ……ゲブッ!」
完全に先手をとった一閃がゴブリンを切り裂き、よろめく瞬間にイストファの小盾が横っ面を張り飛ばす。
頭への衝撃で思考能力をほぼ奪われたゴブリンの隙はこれ以上ないという程に大きく、胸へと突き立てられる一撃をほぼ抵抗なく受け入れてしまう。
ぐらり、と。倒れるゴブリンの身体を見下ろすと、イストファはテキパキとした動きで魔石を取り出し始めて。その迷いのない動きに、今度はドーマが感心する番だった。
「実に迷いのない動きですね。その盾、新しそうに見えますけど……使って長いんですか?」
「いや、今日が初めてだけど」
魔石を満足そうな顔で小袋に入れていたイストファに、ドーマは僅かな驚きをその表情に滲ませる。
「今日が初めてでそれ、ですか」
「うん。どういう風に使うかはステラさん……師匠から教わってたし」
「なるほど?」
「ま、それはいいだろ。そんな事より……」
イストファとドーマの会話をぶった切るように、カイルは周囲を見回す。
そうして何も起こらない事を確認して、ようやく「ふう」と息を吐く。
「何も居ねえな……ふう、この辺りにモンスターが溜まってるんじゃねえかと思ったが」
「縁起でもない事を言いますね」
「フン、昨日一日でソードマン、アーチャー、マジシャン、ファイター……ついでに一階層に十匹程度しか居ないはずのグラスウルフにまで会って、今日最初に遭遇したのがグラスウルフだぞ?」
「それは……なんとも」
運が悪い。そう言いかけてドーマは視線を逸らすが、カイルはフンと鼻を鳴らす。
「何が起きてもおかしくない。そう考えないとアッサリ死にそうだ」
「あはは……」
実は初心者殺しに会ったとも言えず、イストファは乾いた笑いを浮かべる。
運の悪さに関しては、ひょっとすると自分が一番かもしれないと。何となくそんな事を思ってしまった……のだが。
「でも、カイルに会えたしなあ」
「あ? 何の話だ」
「あ、いや。何でもない」
「いいから言えよ。何だ一体」
「……カイルと会えたから、僕は運がいいよなあって」
詰め寄られたイストファが仕方なくそう答えると、カイルは絶句して……やがて「何言ってんだこのバカ」とイストファの胸を叩く。
「それ言うなら、俺だってお前と会えたのは幸運だったよ。会えなきゃ死んでたかもしれねえんだからな」
「うん」
「ったく、恥ずかしい野郎だな」
「二人とも相当だと思いますけど」
そんなドーマの冷静なツッコミにカイルは冷たい目を向けて、イストファへと向き直る。
「……ちなみにイストファ。こいつと会ったのは幸運か?」
「え? えーと……幸運だったんじゃないかな?」
「だ、そうだが。お前はどうなんだ」
「え、ちょっと。混ぜようとするのやめてくださいよ」
「なんだよ、イストファと会ったのは不運だったってか」
「そんな事は言いませんけど」
「いいから言えよ。幸運だったのか不運だったのか、どっちなんだ」
「ちょっとカイル……」
「イストファ、助けてください!」
流石にイストファが介入しようとした瞬間、ドーマはカイルから逃れてイストファの背後に回る。
「なんなんですか、この人。凄くめんどくさい絡み方してくるんですけど」
「えっと……なんかごめんね? 悪い奴じゃないんだよ」
「こういう人、里で見た事ありますよ。今まで友達居なかった人が友達出来ると、こんな風になるんです」
「なんだよ、俺が友人居ねえ奴みたいに」
「何人いるんですか」
そっと視線を逸らすカイルの姿に勝機を見たか、ドーマは「何人いるんですか」と繰り返す。
「……数は関係ねーだろ」
「いいから何人いるのか答えてください」
「多くいればいいってもんじゃねえ」
「こじらせボッチ」
「ああ!?」
「ちょっと二人とも……」
カイルとドーマに挟まれる形で仲裁するイストファだが、イストファ自身友人と呼べるのは今のところカイルくらいのものなので、なんとも複雑な気分だ。
しかもこうなったのは、自分の迂闊な発言が原因でもある。
「とにかく、その話は置いとこうよ。大事なのは、今すぐ何かが襲ってくるわけじゃないって事。そういう事でしょ?」
「……まあな」
「そうですね」
カイルとドーマも頷き、早速話題を変えるようにドーマが指を一本立てる。
「とにかく、単体でウロついてるゴブリンがいるということは……たまたま入り口付近にモンスターの数が少なかったという可能性も出てきましたね」
「ああ。これだけ広い階層なんだ。俺も判断が速すぎたかもしれねえ」
もし今までモンスターが出なかったのが「たまたま」なのであれば、必要以上に警戒する必要も無くなってくる。
過剰な警戒はそれ自体が集中も体力も削っていく為、常に気を張っていたいものではない。
適度な警戒で済むのであれば、それが一番生存率を上げるのだ。
「では、この後は通常の警戒度でしばらく進んでみるということで良いと思うのですが、どうですか?」
「俺は異存はねえ。イストファはどうだ?」
「うん、僕もそれでいいと思う」
「よし、決まりだな」
カイルが頷き、ドーマも頷きイストファへと視線を向ける。
「……ところでイストファ。カイルは会った時からああなんですか?」
「え? あんまり変わらないような気もするけど」
「……そうですか」
「なんだよ、何か文句あるのか」
「いえ、友達居ない人に友達与えるとこうなるんだなあ……と」
「言ったな? そこまで言うならさぞ友人が多いんだろうな。あ?」
「カイル! ドーマもダメだよ、もう」
この二人、実は相性悪いんだろうか?
イストファはそんな事を考えながら溜息をつき歩き始めて。
……しかし、その歩みはピタリと止まってしまったのだ。





