そんな風に迫ったらダメだよ
「神?」
まるで神様が複数いるかのようなカイルの言葉に、イストファは思わずそんな声をあげる。
「神様って、そんなにたくさん居るの?」
「ん? ああ、知らねえのか」
「うん」
知るはずもない。神殿になど立ち入った事は無かったし、神話の類を落ちぶれ者にわざわざ説きに来る奇特な者も存在するはずがない。
なんとなく「そういう概念」がある。そのくらいの認識しかイストファは持っていないのだ。
「そうか。うーん、マトモに説明しようとするとめんどくせえんだが、そうだな。まず神殿ってのはだな、特定の神を祀ってるわけじゃねえ。ありゃ神官の集会所みたいなものなんだよ」
この辺りは過去に神の数だけ「神に祈りを捧げる場所」である神殿を建てようとしたら普通の建物より神殿の数が多くなる事が発覚した事実からの妥協によるものだ。
そんなアホな事をするくらいならばと、特定の神を祀らず自分の信じる神に祈りを捧げる場所を神殿と定義したわけだ。
「ま、そんなわけで神殿によって待機してる神官の種類が違ったりとか、他にも色々問題はあったりするんだが、とりあえずその辺は置いとくぞ」
「うん」
「とりあえず何故そんな事になるかと言うとだな。才能のある奴が神から啓示を受けて神官になるからだ。まずは見習いとして試練を乗り越え、秘儀である特殊魔法を授かっていく。そういう仕組みになってるんだ」
特殊魔法って知ってるか、と言うカイルにイストファはステラにかけてもらった「キュアパラライズ」の魔法を思い出す。
ひょっとすると、あれも特殊魔法だったのだろうかと考えてイストファは頷く。
「ちなみにだが、神官の魔法は一般化されることもある。ま、どのみち神官以外には使えねえし、そもそも神官が優遇されるのはそういうとこにも理由があるんだが……まあ、話が長くなるから置いとくぞ」
つまり、とカイルは言いながらドーマに視線を向ける。
「早い話がだな、神官によって使える魔法が違うんだよ。状態回復が得意な神官もいれば、速度関連に異常に特化した神官なんてのも居たりする。変な魔法ばっかり覚えるドマイナーな神官もいたりするわけだが……」
言いながらカイルはドーマが視線を逸らした方向に回り込んでいき、ドーマは更に視線を逸らしていく。
「その反応からするとドーマ。お前……もしかして、ドマイナーな方だな? しかも変な魔法覚える方だろ」
「……ちゃんと強化魔法も使えますよ」
「どんな強化だ。言ってみろ」
「ちょっとカイル」
「イストファはすまんが黙ってろ。これは俺達の安全の為に大事な事だ」
言われてイストファはうっと唸るが、ちょっと泣きそうな顔になってしまっているドーマを見て……カイルとドーマの間に、割り込むようにして立つ。
「カイル、そんな風に迫ったらダメだよ」
「おい、イストファ。さっきの説明で分かるだろ? ヒーラーの魔法はヒーラーによって違うんだ。どんな魔法かを正確に知らねえと」
「うん、分かるよ。でもそれを言うなら、僕だってカイルの魔法を全部知ってるわけじゃないし」
「む」
確かに教えていない。その事実を思いだし、カイルは思わず唸る。
「それに……『全てを知らなきゃ友達になれないのか』って言ったのもカイルじゃないか」
「いや、言った。確かに言ったが……それとこれは」
「同じだよ。駒じゃなくて仲間。そう言ったのもカイルだよ」
ブリガットとかいう魔法士の少年の事を思い出しながらイストファが言えば、カイルは大きな溜息をつきながら頭をガリガリと掻く。
同じ相手を思い出したのだろう、その顔には苦々しいものがハッキリと浮かんでいる。
「……確かに言ったな。ああ、言った」
「それに、一緒に戦ってれば自然と分かる事だよ。今日は無茶するつもりもないんだし」
ゴブリンガードと戦うような事態にはならない以上、気を付けるのはグラスウルフやゴブリンファイター達くらいのものだ。
そしてそれは、当然カイルも理解している。
「……まあ、な。ああ、俺が悪かったよ。そうだな、俺としたことが気遣いに欠けてたみてえだ」
「いえ……」
素直に謝るカイルをドーマは少し驚いたような顔で見た後、自分を庇うように立っているイストファをじっと見る。
正直な話、ドーマはリーダーはカイルなのではないかと思っていた。
なんか偉そうだし、装備も良い。イストファは連れまわされているのだろうと考えていたが、どうにも……そうではないらしい。
イストファ自身も、あまり自分の主張をしないタイプかと思っていたが、それも違うようだ。
それに、イストファの持っている武器。一目見てそうだと気付いてはいたが……。
「イストファ」
「え?」
声をかけられイストファが振り向くと、微笑を浮かべたドーマが軽く頭を下げる。
「庇ってくださって、ありがとうございます。貴方に感謝と敬意を表し、私に啓示を下された神の事を答えようと思います」
「……いいんですか?」
「はい。私から貴方への親愛の証です」
そう言って、ドーマは一歩離れ一礼する。
「私の神の名は、ニールシャンテ。『迷宮武具の神』ニールシャンテです」





