この2人、結構気が合うんじゃないかな
「もういいです!」
「うわっ……」
入口付近に居たその黒いエルフがそう叫んだのは、その直後の事だった。
どうやらダンジョン入口の衛兵と揉めていたようだが……怒りに満ちた表情で振り返った黒いエルフはイストファを見ると、その顔を驚いたようなものに変え……そのまま真顔かつ凄まじい速度で近寄ってくる。
戸惑うイストファの眼前まで到達した黒いエルフは、そのままイストファの手をがっしりと握る。
纏う真剣極まりない雰囲気に、イストファは「え? え?」と戸惑うばかりだ。
「……突然ですが、私はドーマと申します。貴方のお名前は?」
女性にしては多少声が低く、しかし男性にしては声が高い気もする。
髪型は銀色の前髪を綺麗に切り揃え、後ろ髪も肩の少し上くらいで整えている。
浅黒い肌はきめ細かく、紫の瞳は隠し切れない不機嫌さを感じさせる。
身長は、こうして向かい合ってみるとイストファと同じか多少低いくらい。
とはいえ、エルフ相手では年上……であるのかもしれないとイストファは思う。
「イストファです、けど。あの、何か……」
「ではイストファ。私と組んでダンジョンに入ってくれませんか? こう見えて私、結構強いですよ?」
「いやいやいや、待て待て。イストファは俺と組んでるんだ」
イストファ同様に何事かと呆然としていたカイルは、そこでようやく二人の間に割って入ろうとして……しかし、イストファの手を握るドーマの手が剥がれない。
「なんですか貴方。自己紹介もなしに不躾な」
「不躾なのはお前だろう! 俺はカイル、イストファと今組んでる仲間だ!」
「そうですか、おつかれさまでした」
「おつかれさまじゃねー! イストファ、お前も何か言え!」
カイルに怒られて、必死に頭の中で状況の整理をしていたイストファはハッとしたように「え、あ、そうだね」と返す。
あまりにも話が唐突過ぎてついていけなかったが、イストファは今カイルと組んでいるのだ。
「えっと……ドーマ、さん?」
「はい、なんですかイストファ」
「僕、カイルと正式にパーティ組んでるんです。だからカイルをのけ者にするのはちょっと……」
「ふむ」
そんなイストファの言葉にドーマは頷くと、カイルへと視線を向ける。
「……」
「な、なんだよ」
「いえ。パッと見は『なんちゃって魔法士』かと思いましたが……意外に良い成長をしそうだな、と」
「失礼な野郎だな。まあ、俺が未来の大魔法士だと見抜いたのは褒めてやらんでもないが」
「あはは……あの、ところでそろそろ手を」
「それでイストファ。私と一緒に行きませんか?」
手を離さないままに畳みかけてくるドーマ。
どうやら「うん」と言うまで離しそうにはないが、イストファはカイルへと視線を向ける。
「どうする、カイル?」
「……まあ、性格は悪そうだがいいんじゃねえか? 曲がりなりにもダークエルフだ。足手纏いってこともないだろう」
「それ、僕等が言えたことでもないと思うけどね……」
実力的に言えば自分達もかなり下の方だろうとイストファは思う。
ドーマがエルフであるならば魔力は高いだろうし、ひょっとするとイストファ達が足手纏いなんじゃないか……とも思うのだ。
「では決まりですね。さあ、行きましょう!」
「え、いや。だから手……」
ぐいぐいと引っ張られるままイストファはダンジョンの入口へと歩いていき、そこでドーマは入口の衛兵に「見なさい!」とつないだ手を見せつける。
「私の仲間のイストファ……と、カイルです。これで文句ないでしょう!」
「ん……いや、まあ。イストファ、仲間ってのは」
「えーと……はい。とりあえず?」
イストファが曖昧に答えると、衛兵は……先程の話も聞こえていたのだろうと思わせる僅かな苦笑を返す。
「そうか。なら通って良し」
「さあ、行きますよ!」
「だから手……!」
イストファはそのままドーマに引きずられるようにして階段を降りて行き……一階層「目隠しの草原」に降りると、そこでようやくドーマはイストファの手を離す。
その表情は晴れ晴れとしたもので、ストレスから解放されたと言わんばかりだった。
「あー……! ようやく入れました! まったくもう、ヒーラー1人じゃ通せないとか、差別ですよね!」
「えーと……?」
事情が掴めずイストファは後ろから追ってきたカイルに視線を投げかけるが、全力で階段を降りてきたカイルは息も絶え絶えに膝をついてしまっている。
解説は望めそうにもないと察したイストファは、仕方なくドーマへと向き直る。
「あの、ドーマさん」
「なんでしょう、イストファ」
「僕、まだ事情が全く掴めてないんですが」
「そうですか、察しが悪いんですね」
「……」
「でも構いません。そういう鈍い人が多いからこそ、導き手が世に必要とされるのですから」
ちょっと遠い目になったイストファをそのままに、ドーマは祈るように両手を組む。
「あれは今朝の事です。この迷宮都市に辿り着いた私はパーティを組もうとしましたが、どいつもこいつもダークエルフの私に気後れしたのか断られてしまいまして。仕方なく1人で潜ろうとしたところ、流石にヒーラー1人ではどうかと余計な心配をされたのです。そこに貴方達が来たというわけです」
「……えーっと、つまり?」
「纏めると性格悪くて誰も組んでくれなかったけど、異常に人が良さそうな奴が通りかかったから勢いで乗り切ったって事だろ」
イストファを支えに立ち上がったカイルが「やれやれ」と言わんばかりの態度で纏めると、イストファは少し考えた後に首を傾げる。
「……なんか、つい最近似たような事があったような」
「そうか、大変だな」
「同情します」
自分は違うと澄み切った目で信じているかのような態度を見せる2人に……イストファは何も言わず、遠くを見るくらいしか出来ない。
この2人、結構気が合うんじゃないかな……と。そんな事を思っても言わないイストファは、確かに「異常に人が良さそうな奴」ではあっただろう。
「それじゃあ、早速行こうか」
「おう……あ、いや。ちょっと待て」
前へと踏み出そうとしたイストファを、カイルが制する。
「その前に聞いておきたいんだが……ドーマ。お前の『神』は何だ?」
「えっ」
「いや、ダークエルフだしな。その辺りの心配はしてねえが、何が出来るかを把握しておくのは大事だからな」
お出かけ前の軽い確認といった調子のカイルに……しかし、ドーマはすいっと目を逸らす。





