きっとこれから、何度でも
鎧の修理はフリートの言う通り、然程時間はかからなかった。
修理の跡の分からない綺麗な硬革鎧を纏って腰に短剣を差し、小盾を持つ。
ただそれだけで、昨日よりもっと強くなったような……そんな不思議な感覚にイストファはなってしまう。
「どう、かな?」
「どうとか言われてもな。とりあえず盾がある分、前より安心だな」
「似合ってるわよ、イストファ」
嬉しそうな顔をするイストファにステラが微笑み、カイルがぐっと唸る。
「……似合ってるぜ、イストファ」
「あ、ありがとう?」
「とにかく盾を手に入れたなら使えるようにしねえとな。盾ってのはただの防具じゃねえんだ」
「そうね。ただの防具として扱ってるうちは消耗品でしかないもの」
「そうなんですか?」
イストファの問いにカイルが大仰に頷くが、その間にステラは「貸してごらんなさい」と言ってイストファから小盾を受け取る。
「まずは受け方ね。基本的にこういう小さな盾は、能動的な防御法に出る必要があるわ」
「能動的……ですか」
「そう、つまり……こうね」
言いながら、ステラはイストファの眼前に小盾を突き出す。
「うわっ……」
「普通の盾と違って、小盾は『防ぐ』より『逸らす』や『弾く』に重点を置く必要があるわ。攻撃の際にも相手の意識を小盾に集中させて自分の攻撃を通す事を狙いなさい」
「逸らす、と防ぐ……」
「防御能力のある打撃武器だと考えると分かりやすいかしらね。細かく動きながら効率的な防御を行う……それが小盾の正しい使い方よ」
「つーか外でやれよ」
渋い顔をしているフリートにイストファは思わず「ごめんなさい」と謝ってしまうが、カイルもステラも知らん顔だ。
「ま、いいけどよ。小盾の使い方に関しちゃエルフの言う通りだ。今の軽戦士スタイルで行くなら、デカい盾よりも小盾だからな。上手く使えよ」
「はい、ありがとうございますフリートさん」
「礼を言われる事はしちゃいねえ。無理せずしっかり稼いで帰ってこい」
矛盾しているようにも思える激励に、イストファは「はい」と答える。
フリートはイストファの事をしっかり考えて最適な提案をしてくれている。
それが分かっているからこそ、イストファは手に入れた盾に確かな信頼を抱いていた。
ステラから盾を再び受け取ると、付属のベルトで腕に着ける。
小さな盾だからこそできる持ち歩き方だが、そうすると中々サマになっているように思えた。
「よし、それじゃ冒険者ギルドに行くか」
「そうだね。フリートさん、ありがとうございました!」
軽く頭を下げてフリート武具店を出ると、ステラが「それで、だけど」と声をかけてくる。
「結局、どういう子を誘うか決めたの?」
「えっと……サポーター……がいいんでしたよね?」
「そうとも限らないわ。前衛だけで組んでる連中もいるしね?」
からかうようにクスクスと笑うステラだが「決まった形なんてないわよ」と教えてくれる。
「必要なのは役割ではなくて『何を重視するか』よ。最初からパーティを組むんじゃなくて、そっちの子の時みたいに短期で色々と試してみるといいわ」
「フン、言われるまでもねえ」
カイルはそう言うと、自分の前を歩くイストファの隣へと足早にやってくる。
「いいか、イストファ。俺達に足りねえものは簡単だ。回復魔法を使えるヒーラーか、様々な雑用をやってくれるトランスポーター、あるいは斥候や各種の仕掛けの解除をやってくれるトラップスミスだ」
「なんか随分沢山あるように聞こえるけど」
「優先度を考えれば絞っていけるだろ」
たとえばヒーラー。回復魔法や各種の状態異常の解除魔法、強化魔法などを使える彼等は自身の攻撃手段にこそ乏しいが、一人居るだけで安心感が段違いである。
トランスポーターは長期化しがちなダンジョン探索において食事の用意やマッピング、荷物持ちなどをやってくれる人間の事である。自衛できる程度の戦闘力を持っている事もあり、何より荷物持ちをしてくれる事で戦闘担当の人間がいつでも全力で戦う事が可能になる。
そして、トラップスミス。一階層では気にする必要もないが、ダンジョンを潜っていると罠の仕掛けられた扉や宝箱といったものも出てくる。
そうしたものを独自の技術や道具を使い解除してくれるトラップスミスもダンジョン探索に必要とされるサポーターの一人だ。
「どの人も重要そうに聞こえるね……」
「俺としてはヒーラーかトランスポーターを推したいがな。罠の類に関しては、必要になってからトラップスミスを仲間に引き入れるのでも間に合うからな」
「ふうん……でも、その人達が僕達を選んでくれるかっていう問題もあるよね」
「それを言うんじゃねえよ」
苦い顔をするカイルに、イストファは思わずクスリと笑って。
漂ってくる良い香りに、ふと視線を道の端へと向ける。
そこでは、これから仕事に行く人……主に冒険者用にスープや串焼きなどを売っている露店が並んでいる。
「まあ、まずは食事にしましょっか? 今日はまだ食べてないし……ね?」
「あ、はい」
「仕方ねえな」
カイルも何も食べていなかったのだろう。スープの露店へ率先して向かっていくカイルを向て、イストファとステラは顔を見合わせる。
「……イストファもアレでいい?」
「はい。あ、僕ちゃんとお金ありますし自分で」
「だぁめ」
お金の入った袋に手をかけたイストファの額を、ステラは指で弾く。
「こういう時は師匠面させるのが弟子の務めよ。分かった?」
「……はい」
「おい、何してんだお前等。早く来い!」
スープの屋台の前で機嫌悪そうに呼ぶカイルを見てステラは肩をすくめ、イストファは「分かったよ」と返事を返す。
クズ野菜と肉の欠片が入っただけのスープはなんだか塩味も濃くてお世辞にも「美味しい」ものではないしカイルも渋い顔をしていたが……イストファには、世界一美味しいスープに思えた。
それはきっと、今までそういうものを食べた事があまりなかったからとか、そういうことではなくて。
師匠のステラと、仲間で友達のカイルと……そんな二人と一緒だからこそ美味しいのだろうと、イストファはそう思っていた。
きっと一人で食べてもこんなに美味しくは食べられないだろう。
この二人と一緒……三人だからこその味なのだ。
「なんだイストファ、変な顔して」
「そうね、なんだか嬉しそうだわ」
カイルとステラに言われ、イストファは「はい」と答える。
「そうですね……嬉しいです。こんな僕が、ステラさんとカイルに会えて」
「お前、またそんな」
「それで、こうやって三人で食べるご飯は美味しいなって……そう思うんです」
何かを言いかけたカイルはイストファのその言葉に黙り込むと、頭を軽く掻く。
「お前は……あー、もう。恥ずかしい奴だな」
「え、ええ!? そうかな」
「そうだよ、まったく!」
軽く蹴りを入れてくるカイルに「なんだよー」とイストファは不満そうな声を返して。
ステラはそんな二人を見ながらクスクスと笑う。
それは、ちょっと前のイストファであれば得られなかったであろう光景。
けれど……きっとこれから、何度でも得られるであろう「日常」の姿だった。





