お前に守って貰えねえと俺は死ぬぞ?
「呪いの……」
「おい、イストファ。下手に触れるなよ。解除できる呪いばっかりじゃないんだ」
「え」
「いいか、呪いってのはモンスターが簡易的なのを使う事もあるが、解明できないロクでもなくてえげつねえ呪いってのも確かに存在する。そんな謂れのある鎧、ロクなもんじゃねえぞ」
カイルにそう言われてイストファも思わず一歩引くが、ステラは鎧を眺めながら「ふーん」となんでもなさそうに呟く。
「別に呪いなんてないわよ、これ。普通の魔獣革の鎧ね。何の革かまでは知らないけど」
「それは俺も分からん。何層かに重ねてるみてえだが、分解してみるわけにもいかんしな」
「正面は何、これ?」
「たぶん、だが……ブラッドベアの革じゃねえか? 処理が悪いから劣化してるが、それでもかなりの硬度を保持してる」
「ふーん、もったいないわね」
話についていけずイストファは説明を求めてカイルを見るが、カイルは視線をふいと逸らしてしまう。
「……カイルも分かんないの?」
「魔獣の革の事までは流石にな」
「そっか」
質疑応答を重ねているステラとフリートの会話についていけないまでも、イストファは革鎧に近づいて眺めてみる。
今着ている革鎧と比べると、ずっと立派なものなのは間違いない。
肩鎧も革製なのに頑丈そうで、ゴブリンアーチャーの矢くらいなら弾き返しそうな頼もしさがある。
魔力云々というのはイストファには分からないが……何とも言えない迫力があるのだけは理解できた。
「あの、フリートさん」
「ん?」
「この革鎧って……ゴブリンガードの一撃にも耐えられますか?」
「当然だ」
イストファの問いに、フリートはそう即答する。
自信満々……どころか、当然の事を語るような口調だった。
「ゴブリンガードは強いがな、所詮ゴブリンなんだ。金属鎧着てれば簡単に弾く程度でしかねえ」
ただ、金属鎧は重い。全身を金属鎧で固めれば、ゴブリンガードとは消耗戦になる。
それは堅実ではあるかもしれないが、あまり頭の良い選択肢とは言えない。
「ただまあ、そうやって一階層を突破する奴は多い。その後その調子でやっていけたって話は聞かねえがな」
「それは……実力的な話ですか?」
「おう、その通りだ。鎧に頼る奴は、鎧の強さまでしか強くなれねえ。武器も同じだがな」
「武器屋の店主のする話じゃねえな」
「ケッ、お手軽に強くなりてえなら余所行けって話だ」
カイルのツッコミにフリートはそう悪態をつく。
「今時の野郎は来るなり『一番高い武器と防具を寄越せ』ときやがる。そういうバカの為にああいうのも用意してるんだがな」
言いながらフリートが顎をしゃくってみせた先には、白色の全身鎧が高そうな剣を抱えて立っているのが見える。
「あれは……総ミスリル製か? まさか剣も」
「おうよ。値段『だけ』ならウチで最高峰だわな」
「買った人はいるの?」
面白そうに会話に混ざってきたステラが問えば、フリートはヘッ、と馬鹿にしたように笑う。
「今のところ、居ねえな。値段を言った時点でどいつもこいつも縮こまりやがる」
「だろうな」
「え、どういうこと?」
苦笑するカイルにイストファがそう聞くと、フリートが「ありゃ見掛け倒しだ」と笑う。
「なんでもミスリルにすりゃいいってもんじゃねえんだよ。ミスリルは魔法に強いって特徴はあるが、物理的な防御力はそこまで高いわけじゃねえ。全身鎧にする意味は、あんまりねえんだ」
精々が儀礼用だな、と説明するフリートにイストファは少し残念そうな顔になって。
何か悪い事を言ったかと鼻を掻くフリートに、カイルが「あー」と呟く。
「こいつ、魔力がないからな。ミスリルの鎧着りゃいいかもって話をちょっとな?」
「なるほどな。ミスリルの鎧なら、そこのエルフが着てる程度でいいんだよ。要はスピード重視の奴向きの防具って事だな」
「あ、そうなんですか」
「おう」
言いながら「話がズレちまったがな」とフリートは革鎧を示す。
「どうだ、この鎧。お前が欲しいなら安く売るぜ……どうせ買う奴もいねえしな」
「……お幾らですか」
「7万イエンだな」
「うぐっ」
「オイおっさん。なんでソレ持ってきた」
白い目で見るカイルとステラの視線を受けて、しかしフリートは正面からその視線を受け止める。
「これが俺の提案できる最良であり最安値だ。この性能のもんを他で買えば倍じゃきかねえぞ」
「それは……そうかもだが」
「でも買えない事くらい分かってるんでしょ?」
「まあな」
言いながら、フリートは鎧に触れる。
「だから、イストファが望むならこいつは売約済ってことにしとくって話だ」
「えっ」
「何も今日明日ゴブリンガードを倒すって話でもねえだろう?」
「それは……」
イストファがカイルに視線を向けるとカイルは「まあ……そうだな」と頷く。
「だったら慌てる事はねえ。もう4万8000イエン稼げたんだ。7万なんかすぐだ。違うか?」
「はい」
それは、確かにそうだ。今のペースでいえば不可能な話ではないとイストファも思う。
「じっくり実力をつけて、それからこの鎧を買っても遅くはねえ。それに、他に装備だって要るだろう?」
「まあな。イストファ、お前もそろそろ盾がいるんじゃないか?」
「盾……でも、持ったら半端にならないかな」
「アホか」
前にも感じた懸念を言うイストファを、カイルが小突く。
「盾がないと避けるか受け流すくらいしかねえだろう。お前に守って貰えねえと俺は死ぬぞ? コロリだ」
自分の首を切る真似をするカイルに、イストファは唸る。
なるほど、自分一人であれば転げ回って避けてもいい。
しかし、カイルがいるから……今後、新しい仲間も入るなら、イストファが守らなければならない。
守る、という概念を導入しなければならない。
「だから今回の俺の提案はこうだ。イストファ、お前のその鎧の応急修理と……こいつのセットだ」
言いながらフリートが取り出したのは、小さな盾。
表面は鈍い鉄色、持ち手の部分には木を貼り付けたものだ。
前にフリートが見せてくれたものに似ているが、もっと立派に見えた。
「表面は鋼鉄製、中に赤鉄を使う事で重量を軽減して、一番内側の木はオークウッドだ。鉄の盾よりは硬いが、鋼鉄の盾程じゃねえ。だが総鉄製や総鋼鉄製よりも軽くて取り回しが効く。持ってみろ」
言われてイストファは盾を手に取ってみる。
なるほど、確かに思ったよりは軽い。ズシリと来る感覚はあるが、身体の動きが著しく制限される程ではない。
他に気にするべき点といえば……盾が小さいので、防御法を少し考える必要が出てくるだろうか?
「その、値段は……」
「ああ、それだがな」
言いながら、フリートはニヤリと笑う。
「今回もセットで1万イエンだ。どうだ、安いだろ?」





