イストファ君、すごかったんだね
「……まだ視線を感じるな」
「そうだね」
「どれだけいるのかしらねえ、ああいうの」
フリート武具店へと向かう道中で感じる、路地裏からの視線。
襲ってきた落ちぶれ者達とは別なのだろうが、感じる視線の種類は同じだ。
流石に何十本も武器が何処かの武具店から奪われたということはないだろうが、武器を持っていれば同じ事をしでかす連中は……まだまだ潜んでいそうだ。
たとえ襲ってきたとしても今はステラもいる。昨日以上の速度で返り討ちしてしまうのは間違いはない。
だが、それ以上に「1度乗り越えた」というのも大きかっただろう。
もう負けない。そんな確信を得たイストファにとって、路地裏の視線は警戒するものではあっても過度に脅えるようなものではなくなっていたのだ。
そして、そんな自信は……イストファの足取りを確かなものとしていた。
しっかりと地を踏みしめるその足は、もう簡単に揺らぐものではない。
金でもなく、人でもなく、心の在りよう。イストファは、それが間違いなく変化していた。
「……フッ」
「……ふふっ」
「え、何? 何なの!?」
そんなイストファに気付いたカイルがイストファの背中を叩き、ステラがイストファの頭を撫でる。
一方自覚していないイストファは何が何だか分からず困惑するが、嬉しそうな2人につられて笑い出す。
「ん? 随分楽しそうだな」
「あっ」
近くの店から出てきたラフな格好の女に、イストファは「おはようございます」と頭を下げる。
昨晩のように鎧もつけていないし厳めしい格好でもないが、間違いなく昨日会った衛兵隊長アリシアだったからだ。
「うむ、おはよう。昨日の事を引きずっていないかと心配だったが……そんな事もなさそうだな」
「はい」
「巡回は強化している。完全に防ぐ……とは言えないが、減らすとは約束しよう」
「いえ、そんな……」
イストファが恐縮したように手をパタパタさせる様子に微笑んで、アリシアはカイルとステラへ順繰りに視線を向けていく。
「……まあ、心配は要らないか」
失礼する、と。そう言ってアリシアは立ち去っていく。
心配は要らない。それがどういう意味かは考えるまでもない。
今のイストファにはステラがいて、カイルがいる。
去っていくアリシアへと視線を向けていたイストファは、その先にいる「その人」に気付く。
イストファに気付いて嬉しそうに手を振って走ってくる「その人」は、まさに今から行こうとしているフリート武具店の娘、ケイだった。
「あ、イストファ君だ!」
荷物を抱えて走り始めたケイは、しかし慌てて走ったせいか突然つまづいてしまう。
あっ、と。そう声をあげて布袋に入った荷物が宙を舞い、ケイの小さな体が前方へと向けてぐらりと倒れていく。
それを見たその瞬間、イストファは地面を蹴り走る。
お腹を抱え込むようにケイの身体を左腕で支え、右手で宙を舞う荷物袋を引き寄せる。
その反動で倒れそうになる身体を「ぐっ」と呻きながらも抑え込むと、周囲から「おおー!」という歓声と拍手が巻き起こる。
「いいぞ、坊主!」
「やるわねえ。カッコいいわよ!」
「ハハ、朝からいいもん見たなあ!」
彼等は助ける気がなかったわけではないが、突然の事に反応できなかった周囲の店の人間や通行人達だ。
だからこそ、誰より早く反応して飛び出したイストファに素直な称賛を送る。
そして、称賛されたイストファは慣れないその感覚に、ちょっと顔を赤くして照れてしまう。
何しろ、今までの自分なら……ダンジョンに潜る前の自分であれば、助けようと思ってもこんなには動けなかったはずなのだ。
ダンジョンに潜ってモンスターを倒す事で、確かに強くなっている。
それを改めて自覚して、イストファは心の中で軽くガッツポーズを取るが……至近距離から聞こえてくる「あ、あの……」という言葉に我に返る。
「ありがとう、イストファ君……」
「あ、はい。大丈夫でしたか?」
「うん。大丈夫だけど……イストファ君、すごかったんだね」
言われてイストファは「そんな事ないですよ」と笑う。
「でも、少しは強くなれてるんだな、とは思います」
「そっか」
ケイも微笑み返すと、しっかりと立ち上がりイストファから荷物袋を受け取る。
「本当に助かったよ、今日のご飯用の食材がたっぷり入ってたから」
言いながら袋を開いてみせるケイだが……確かにケイの言う通り、野菜や肉などといった食材がたっぷりと詰まっていた。
「そうですか。それはよかったです」
「うん! それでイストファ君は……」
言いかけて、ケイは自分達をじっと見ているステラとカイルに気付きビクッとする。
「え、えーと……お友達?」
「あ、はい。師匠のステラさんと……友達のカイルです」
そういえばケイは会った事なかったな、などと思いながらイストファが紹介すると、ケイは友達という単語に反応して驚いたような顔をする。
「友達……へえ!」
「おう、カイルだ」
「私はケイ。えっと……カイル君、ステラさん。イストファ君をよろしくお願いします」
「言われるまでもねえ」
「責任もって……とまでは言わないけど、しっかり育ってもらうつもりではあるわ」
カイルとステラでそれぞれ違う返事をするが、ケイは自分の事のように嬉しそうに笑ってイストファへ振り返る。
「……いい人達に会えたんだね」
「はい」
ケイの言葉が何も含まない心からのものだと分かっているからこそ、イストファもそう返す。
「それで、えっと……イストファ君は、お父さんに用だったりするの?」





