EX:ミリィの災難
呪法士ミリィは男である。たぶん。
たぶん、というのはまあ、色々あって性別不詳な装いを義務付けられてしまった呪法士の悲しさというか、イストファやカイルにもたまに忘れられるというか、まあ……色々あるのだが。
呪法に関する諸々の発表があったせいで迷宮都市でも呪法という存在が注目され始め、イストファの仲間でありパーティ「グラディオ」の一員である呪法士ミリィは、その代表格となりつつある。
そう、呪法士という職業は偏見を乗り越え、花形職の1つになりつつあったのだ。
「好きです! 付き合ってください!」
「その……ごめんなさい」
男性から告白されるのも1度や2度ではない。
ドーマに相談してみると「見た目が美少女ですからね。しかも儚げに見えますし、そういう需要があるのでは?」という何の参考にもならない答えが返ってきた。
イストファに相談してみると「ズボンにしてみるとか?」という比較的現実的な答えが返ってきたが、カイルに「ちなみにそれやると呪力が弱まるぞ」と言われて意見を引っ込めている。
最終的に「ミリィが一番納得する形がいいと思うな」と言ってくれているが……呪力が弱まれば、パーティの生死に関わる。それはミリィとしても避けたかった。
カイルはどうかというと……「まあ、男の格好したいなら止めねえが……今更じゃね?」という正論を真正面からぶつけてきた。本当に今さら過ぎる。
男だと今更言ったところで誰も信じてくれない気がヒシヒシとする。
1度それを言ったら「そんな嘘つくくらいに嫌いなのか」と泣かれてしまった。
泣きたいのはミリィのほうだった。
ちなみにクロードに相談したら大爆笑された。ムカついたので2、3回蹴っておいた。
後々「なあに、どうせその内問題なくなるじゃろ」と言われたが……訳が分からない。
「本当にどうすればいいんでしょう……」
「にゃにがー?」
露店で買ったらしい甘パンの袋を抱えているナタリアに気付き、ミリィは「あ、ナタリアさん」と声をあげる。
自分にマッピングを教えてくれたトラップスミスのナタリアは、ミリィにとっては頼れるお姉さん的存在だ。
そして、ミリィが悩みを打ち明けてみると……ナタリアは何と言っていいのか分からない、といった表情になる。
「はー……ミリィにミド、ねえ。中々波乱の人生おくってるねー」
「最初は必要に駆られてだったんですが、どうしてこうなったやら……」
「まー、流されるだけが人生さ、とはよく言ったもんだけど。可哀想すぎて笑えてくるかも。ほら、もう1つ甘パン食べる?」
「ありがとうございます……」
ジャムを入れた柔らかい甘パンは冒険者の女性には人気のスイーツで、街でもよく食べ歩きの品として愛されている。ミリィも、これは好物の1つだが……カイルはイマイチ好きではないらしい。
ちなみにイストファは何でも美味しく食べるし、ドーマも甘いモノは大好きだ。
「うーん、つまりさ? 呪法士として女の子の格好をせざるを得ないけど、そのせいで男共に告白されるから困ってる、と」
「まあ、そうですね。改めて聞くと気が滅入ります……」
「あはは……というか将来性別不明の子が増える事を考えると色々起こりそうだな―ってアタシは心配になるけど」
男装女子に女装男子……見た目では判別不能。なるほど、確かに混乱が起きそうだ。
まあ、呪法士という大前提があれば大丈夫なのかもしれないが……。
「何か解決法はないでしょうか……」
「うーん……」
ナタリアは甘パンを一口食べて「あっ」と声をあげる。
「それなら、誰かと付き合ってる事にしちゃえば?」
「え? 誰とですか?」
「そりゃあパーティの……あっ」
イストファにカイル、ドーマ、クロード。
誰を「恋人役」に選んでも問題しかない。というかミリィの心が死んでしまう。
と、そこまで考えてミリィはふとクロードの言葉を思い出す。
「その内問題が無くなる、っていうのはそういう意味だったんでしょうか…・・・」
「あー、クロードが言ってたっていうやつ? ま、そうでしょうねー」
呪法士の性別が見た目と逆、というのが常識になればミリィの性別も自然と知れ渡る。
なるほど、それは確かにその通りだったとミリィは気付き表情が明るくなる。
「だとすると、何も問題ないってことですか……!」
「あー、うーん」
しかし、ナタリアはこうも思っていた。
確かにそうなればミリィの本当の性別も知れ渡るだろう。
だがミリィの話を聞くに呪法士として結構な成長をしないと「そう」はならない。
それを考えるに、性別不明の呪法士が増えるのは随分先の話になるだろう。
……何よりも。そう、何よりも……男だと分かっていてなお、ミリィは美少女なのだ。
分かっているナタリアが「美少女だ。かわいい」と思うくらいなのだから、鈍感で鈍い男共からの評価がどうなるか。
「かわいい、でも男だ」で済むならまだいい。
「男でもかわいいなら問題ないじゃないか」となったらどうなるか。
事実、冒険者なんてやっていれば同性カップルなんて珍しい話でもない。
「……どのみち、お付き合いする相手は早めに見つけたほうがいいと思うなあ」
「え? どういうことですか?」
「教えてもいいけど、悩みが増えるだけだと思うにゃー」
響くミリィの慟哭は……なんとも可愛らしい声であったという。
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キコリの異世界譚
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