悪くない気分
第10階層への階段を、イストファ達は降りていく。
これまでよりも、更に厳しい戦いになるであろうその場所に向けて……一歩ずつ。
「10階層、だね」
「ああ……どうなるやら、ってところか」
「でも、ようやくです」
降りる。降りて……やがて、イストファ達は「その場所」へと辿り着く。
「此処って……」
広く、白い。ただそれだけの空間をイストファ達は見回し……すぐに気付く。
「え!?」
「か、階段が消えた!?」
そう、今までそこにあったはずの階段が、無い。
何処までも広がるかのような白い空間しかそこにはなく、登録の宝珠すらもない。
かといって、下の階層へと降りる階段があるわけでもない。
「……何かの条件を満たさなきゃ進めないタイプってわけ、か?」
カイルが思い出すのは、追憶の幻影都市のことだ。
あの階層では仲間と同じ数の鍵を見つけなければ先には進めなかった。
もし、此処もそうだとすれば……しかし、一体何が条件なのか?
―汝らのこれまでを思い返すがよい。汝らの罪と功績に相応しい罰と救いが与えられよう―
響く声。
何者かとイストファ達が見上げた先……中空に浮かぶ巨大な何かを視認する。
それが何か……誰もが、教えられずとも知っている。
「天秤……?」
「なんであんなもんが……って、まさか!」
「審判の神キャセリアの天秤……!?」
審判の神キャセリア。命の終わりにその人生を判定する……とされている神だ。
その啓示を受けた神官は、やはり天秤を授かるというが……あの巨大さは異常だ。
「まさか、本当に神が……!?」
「だとすると、少しばかりマズイのう……!」
クロードが少しばかり焦ったような声をあげた直後。
イストファ達の視線の先に無数の人影が現れ始める。
「もし本物なら、この階層の敵は……!」
現れるのは、手に武器を持った、無数の人間。
恨みがましい表情を浮かべた中には……イストファも見覚えのある顔があった。
黒杖合わせで戦ったガラハド。アサシン達。そして……あの日、1階層でイストファを襲った初心者狩り。第2王子の姿もそこにはある。
「俺達の『せい』で死んだ人間。罪の証ってか……!」
「そういうことになるのう!」
「それにしても凄い数ですよ⁉」
「な、何十人ってレベルじゃないですけど!」
「すまんのう。これは間違いなく儂がいるせいじゃ」
クロードの言う通りなのだろう、イストファ達の知らない彼等は、武器を持たず手甲をつけている格闘スタイルらしき者が多く混ざっている。
「でも、やるしかないよ」
「まあな。とはいえ、クロードの劣化版みたいなのが混ざってるってことだよな」
「ゾッとしない話ですね」
「あれだけいたら呪いも中々通りませんよ⁉」
そう、クロードの目的が本人の言った通りであれば……クロードには及ばないにせよ、マジックアーツの使い手が相当数混じっている。
それを倒すとなると……かなりの苦戦は覚悟しなければいけないだろう。
「なあに、問題はねえよ」
緊張と共に剣を構えるイストファの肩を、叩く手が1つ。
忘れるはずもないその声に、イストファは身体を大きく震わせる。
あの階層に散ったはずの……此処にいるはずのない姿が、そこにあった。
「ノー、ツ……?」
「おう。また出会っちまうとは陳腐も甚だしいが……まあ、それも良しだ」
巨大な剣……ルーンレイカーを構えるノーツはイストファの横に立ち、ニヤリと笑う。
「お前も抜けよ。此処が使い時だろ?」
「うん! ルーンレイカー!」
そうして、この場に2振りのルーンレイカーが揃う。
それは、本来は有り得ないはずの光景。この階層でしか有り得ない……あの日の、幻影の続き。
傭兵王の魔剣ルーンレイカー。
その本来の使い手と、新たな使い手は……互いに視線を合わせ、頷きあう。
「こういう時はなあ……まず前衛が突っ込む! そうすりゃあ、後は仲間を信じて突き進めってやつだ!」
「分かった!」
走る2人の前に、鎧をまとった巨漢が立ち塞がる。
身長よりも大きな大槌を持ったその巨漢を……ノーツとイストファの必殺剣が切り裂き倒す。
続けて襲ってくる者達もまた、2人によってアッサリと倒されて。
「よおし、いい調子だぜイストファ!」
「ノーツもね!」
「ハハッ、言うじゃねえか!」
大暴れする2人をポカンと見ていたカイル達ではあったが……やがて、ハッとしたようにカイルが叫ぶ。
「ボーッとしてる場合じゃねえ! 俺等もやるぞ!」
「ええ!」
「ですね!」
叫び武器を構える3人だが……そんな中で唯一、クロードだけは2人をじっと見ていた。
「傭兵王の幼少期……か。まさかそんなモノと友誼を結んでいたとは……の」
自分の選択は間違っていなかった。
それを確信すると、クロードもまた全身に魔力を纏い走る。
この階層の敵の多さが自分の業によるものであるならば、それを蹴散らしてこそ仲間と名乗れると。
そんな気がしたからだ。
「ハ、ハハッ! 悪くない気分じゃ! それ、いくぞ!」
叫び飛び込んでいくクロードの姿は、イストファ達と並んで何の違和感もない姿で。
恐らくこの瞬間……クロードは本当の意味で、イストファ達の「仲間」になっていたのだ。
そしてそれは、1つの始まりでもあった。
これから長い時間を共に過ごす5人の物語の……その、最初の咆哮だった。





