信じている
「それも、嘘ですよね」
今にも襲い掛かろうとしていたエイムズの動きが、ピタリと止まる。
そして、応戦しようとしていたカイル達の動きも、また。
「……どういう意味だ、少年」
「だって、此処は貴方の試練場なのに。貴方を倒したら、誰が僕達を認めるんですか?」
「おいイストファ。それは此処がダンジョンだから……」
「違うよカイル」
此処がダンジョンだから、現実と違う事も当然起こる。
そう言いかけたカイルに、イストファはそう言い放つ。
「だって、この人は『守護者』じゃないもの」
「は!?」
「ど、どういうことですかイストファ!」
「……ほう」
動揺する仲間達とは逆に、エイムズはニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「だって……この人、そんなに強くないもの」
「ああ、なるほどのう」
言われて初めて気が付いたかというかのように、クロードが頷く。
「確かに見た目の割には弱そうだと思っておったが……そういうものではないんじゃのう」
「たぶん、その姿も嘘ですよね。何かの魔法……ですか?」
イストファにじっと見つめられていたエイムズの姿は……溶けるように消え、元の姿へと戻っていく。
「はてさて、そういう流れになるよう盛り上げたはずだが。まさか見抜かれるとはな」
「本気で殺しあった事がありますから。そうかどうかは……分かるつもりです」
「ますます面白い。しかし、なるほど。そういう者が余の迷宮ではなく、このダンジョンから生まれたというのは認め難い」
言いながらエイムズが指を鳴らすと、「偽階段」のあった扉が閉まり……床が開き別の階段が姿を見せる。
「少年。名は?」
「イストファです」
「そうか、ならばイストファ。余の……エイムズ・ルフォンの名において認めよう。この先に進む事をな」
その言葉にカイルが「また偽物じゃねえのか……?」と呟くが、エイムズはそれに楽しそうに笑う。
「ハハハ、ならば正規の守護者を倒していくか? 余はそれでもいいぞ」
そう告げた瞬間、居並ぶ鎧たちが一斉にイストファたちへと首を動かす。
一糸乱れぬその動きに全員が思わず身構えて……しかし、エイムズが手を上げると同時に鎧たちは元の通りに戻る。
「余の誇りし不滅の騎士団よ。この場にいるのは精々が従騎士のようであるがな」
「これ、は……」
「強ぇぞ。これで従騎士だあ?」
「でも、悪鬼の試練場にモンスターは居ないはずでは……」
「なんだ。まさか余がどうやって試練場を造ったかは後世に語られておらなんだか?」
楽しそうに……本当に楽しそうにエイムズは笑う。
「余の本質は錬金術師よ。あらゆる叡知はこの手にあり、生と死すらも超越し無限を得た。此処に居る余は、その再現体に過ぎぬがな?」
カイルは、絶句する。錬金術師くらいはカイルも知っている。
何しろカイルの妹自身がそうなのだ。
だが……それを極めた姿がエイムズであるとは思いもしなかった。
しかし、そうであれば……悪鬼の試練場の様々な謎にも説明がつく。
「な、るほどな……本物は未だに悪鬼帝が管理中ってわけかよ」
「然り」
「世の連中が聞いたら卒倒するかもな」
「すれば良い。何の興味もない」
言いながら、エイムズはイストファの眼前まで歩いていく。
「余が興味があるのは貴様だ、イストファ」
「え? ぼ、僕?」
「こうして見れば、貴様には何もかもが足りん。その身の魔力はゼロであり、技もまだ未熟。いずれ何処ぞで限界を迎え死ぬのが関の山だろう」
それを、イストファは否定できない。
どんなに成長しようとイストファが魔法を使えず魔法に弱いのは変わらず、たとえルーンレイカーがあろうと、それは変わらないままだ。
「しかし、それは補える」
言いながら、エイムズはイストファの鎧に手を触れる。
「その剣に宿るモノ同様、余も貴様に力を貸そう。その身が驕りに染まる、その時までだがな」
「え、それは……」
「嫌か」
「だって、どうして」
ルーンレイカーは……ノーツは、確かにイストファに力を貸してくれている。
けれど、エイムズはどうして。
疑問符を浮かべるイストファに……エイムズは、今度こそ嘘のない笑みを浮かべる。
「簡単な事だ」
エイムズの姿は光となって消え……その光が、イストファの鎧へと吸収されていく。
鎧の胸元に赤い宝石が生まれ出で……エイムズの残した最後の言葉が、風に消えていく。
「余は、悪意をも超える光があると信じている。その光を、貴様の中に見た」
その言葉は、悪鬼帝と呼ばれた男の伝説からは信じられない程に純粋なもので。
イストファは、エイムズが残した鎧の宝石にそっと触れる。
「それが……悪鬼の試練場の真実……?」
「有り得ない話じゃねえけどな」
溜息をつきながら、カイルはイストファの隣まで歩いてくる。
「悪鬼帝がそう呼ばれるまでには、幾多の苦しみがあった……っていう話もある。真実は、誰にも分からんがな」
何しろ悪鬼帝はその悪名が強すぎる。
特に試練場などというものが残っているから尚更だ。
「だとしたら……悲しい話だね」
「どうかな。そう呼ばれる道を進んだのは事実なんだ」
その罪だけは、どんな事情があろうと変わりはしない。
血塗られた道を選んだその先に、光を求めて。
そこに光があったとしても、それは二度とその者を照らすことはない。
これはただ……それだけの、単純な話なのだから。





