この試練場ってさ
「それにしても、クロードは強いよね」
「鍛えておるからの」
言いながらもクロードは、先程の戦闘の事を思い返す。
あの魔法士の幻影人は、明らかにイストファを「より大きな脅威」として認識していた。
それはつまり……。
「ま、儂とお主では得意とするものも目指すものも違う。それだけのことじゃ」
「うん」
素直に頷くイストファだったが……そんなイストファをじっと見ていたカイルはやがて、溜息を1つ。
「ま、その辺のことはさておいてだ。予想以上にハードだぜ、此処は……」
「ハハ、かの悪鬼の試練場の再現じゃろう? 分かってたじゃろうに」
「そりゃそうなんだがな……」
ぶっちゃけた話で言えば、カイルはこの階層は「罠」が最大の敵だろうと思っていた。
しかし、どうやらそうではない。
罠を前提にしたうえで、無数の敵が立ちはだかっている。
そういう意味ではルールを見つけ出せばいい前の階層とは異なる難易度ではあった。
「おい、ドーマ。もういい……ありがとな」
「いえ。でも、あまり無理しない方が」
「立って動けるんだ。充分だ」
言いながら、カイルはまだ虚脱感の抜けない身体を奮い起こす。
「やっぱり、1度戻った方がいいかもしれねえな……あそこで大魔法使ったのは失敗だったし、消音装備も必要かもしれねえ」
「それって、やっぱりゴーストの対策だよね」
「ああ。あんな調子で群がられたら、守護者の所に着く頃には力尽きてたってことになりかねないからな。もっと『敵に見つからない』対策が必要だ」
それは今までのイストファたちにはあまりなかった視点でもある。
しかし、誰もそれに反対する者はいない。
「よし、決まりだな。帰還の宝珠を使う……全員俺を掴んでろよ」
そうして、カイルは帰還の宝珠を掲げて。
「帰還の宝珠よ、俺達を導け!」
そう叫んで……しかし、いつまでたっても帰還の宝珠は光を放つことはなかった。
「え?」
「ど、どういうことですか?」
「まさか偽物?」
「いや、そんなはずはねえ。こいつは冒険者ギルドで買ったもんだ。となると、考えられるのは……」
「転移不能。そういうことじゃの」
その時全員の頭の中に浮かんだのは、あの文章だった。
試練を望む者はこの扉を開けよ。
全てを賭す者はその先へ進め。
此処より先は2つに1つ。
栄光を得るか、屍を晒すかのみ。
エイムズ・ルフォンの名において、全ての理の破棄を許そう。
「……僕達は、進むしかない……」
「そういうことかよ。『逃亡』は許さねえってか……!」
「そうなると、大分事情が変わってきますね」
「念のために食べ物を乾燥系に切り替えたのは正解でしたね……」
そう、この階層に挑むにあたりイストファ達は手持ちの食べ物を干し芋や干し果物などの日持ちのするものに再度切り替えていた。
この階層にどれだけいるか分からない以上、それは確かに正解であったと言えるだろう。
「くそっ、こりゃあマジでクロードが居なきゃ詰んでたな……!」
「うん。僕達だけじゃ、此処は……」
「お褒めに預かり光栄ではあるがのう。とりあえず、此処……休憩場所じゃないかの?」
言われてイストファ達は周囲を見回す。
此処にあるのは、今通ってきた「扉だった」場所。ぽつんとある石の扉。
そして……それ以外は何もない、小さな空間。
「そう、なの……かな?」
「此処にそんなものがあるとも思えませんが……」
「いや、有り得ない話じゃねえ」
この部屋に入るまでの間に強制された戦いを思えば、此処がその勝利によって得られた「栄光」という考え方もできる。
まあ、それにしては何もなさすぎではあるが……。
「それにクロード。お前がそう言うってことは、罠の類がねえんだな?」
「うむ。隠し扉の類も一切無い。壁も分厚そうじゃ……そこの扉には何らかの魔法がかかっておるようじゃし、ゴーストどもが侵入してくることもないじゃろ」
「そうか、そりゃ安心だ。そんじゃ、俺はちょっと寝させてもらう……やっぱキツい」
そう言うとカイルは床に転がって寝息を立て始め……その豪胆さに、ドーマが呆れたような息を吐く。
「まったく、カイルは時々妙なところで豪胆さを発揮しますね」
「あはは。いい事だと思うよ」
「まあ、そうかもしれませんが……確かに少し休みたいのは事実ではありますね」
ドーマも体はそうでもないが、精神が多少疲労しているのを感じていた。
少しでも休めるというのであれば、それに越したことはない。
「……この試練場ってさ」
やがてドーマが小さく寝息を立て始めた頃に、イストファが小さく呟く。
「どういう理由で建てられたんだろうね」
「ふむ?」
「試練場なんですから……試練なのでは?」
「その試練の先に、悪鬼帝って人は何を見てたんだろうって思ったんだ」
「先……?」
そう、先だ。悪鬼帝が試練を課したというのであれば、その試練を越えた先の栄光を得た者の誕生を、悪鬼帝は祝福するつもりだったのだろうか。
悪鬼などと呼ばれた自分が民に慕われているなどとは、彼も思ってはいなかっただろう。
ならば悪鬼帝の示した「栄光」とはなんだったのか。
何を与えるつもりだったのか。今となっては、誰にも分からない。
あるいは本物を突破した先で、その謎は解けるのかもしれないが……。
「……さて、のう? あるいは自分に本当に人望があると勘違いしていたやもしれぬ」
「そうなのかな……」
「誰にも分からんよ。悪鬼帝なぞという遥か過去の人物の思惑など、な」
過去は過去でしかなく、此処は悪鬼の試練場の……それも恐らくはごく一部を再現した場所でしかない。
そこから悪鬼帝の真実を知ることなど……到底、出来るはずもなかった。





