で、どうすんだよ
扉の奥にあったのは、どことなく5階層を彷彿とさせる迷宮だった。
道幅は然程広いわけではなく、左右に道が分かれている。
石を組んで作ったのであろう壁と床はあまり特徴がなく、壁には等間隔で明かりが灯されている。
「さて、どっちに進むべきか……」
「どっちを選んでも安全ってわけじゃなさそうだよね」
「まあな。むしろ『安全なルート』なんてあるのかどうか」
イストファに頷きながらもカイルは考える。
実際、そんなものはないと考えたほうがいい。歴史的事実として、仕掛けだけで探索者たちを屠ってきた場所の再現なのだ。
「安全そうに見えるルート」はあっても「安全なルート」など無いと考えたほうが自然だ。
「確かに安全なルートはないのかもしれませんが……そこはあまり問題ではないのでは?」
「あ? どういうことだよ」
「簡単な理屈です」
ドーマは言いながら、肩をすくめてみせる。
「どう警戒しようと、私達だけでは罠にたいして無力じゃないですか」
「そりゃそうだが」
「その為のクロードでしょう? 目利きは任せるべきです」
「確かにそうですよね。名匠気取りの浅はかさよ、とも言いますし」
「だよね。クロードなら僕達が選ぶよりもずっと良い道を選んでくれそう」
ドーマに、ミリィに、そしてイストファに言われてクロードは頬を掻き……困ったような笑みを浮かべる。
「確かに心配要らんとは言ったが……これは中々に期待が重い」
「……ま、確かにその為のトラップスミスではあるな。俺も期待してるぜ」
「さてさて。まあ、やらせては頂くがのう」
クロードは左右に視線を向け……おもむろに懐から小さな鉄球のようなものを1つ取り出す。
「何それ?」
「まあ、見ておれ」
言いながらクロードは右の道へと鉄球を放り投げ……その瞬間、右の道の壁から巨大な刃が飛び出し、誰も居ない通路を薙いで壁へと収納されていく。
それはちょうど大人の胴ほどの高さの位置で……そこを不用心に通れば、真っ二つにされていた可能性すらあった。
そのまま鉄球は転がっていくかと思いきや、ガコンという音と共に空いた落とし穴に鉄球が落ちて姿を消していく。
それはたとえば……そう、ちょうどスライディングか何かで刃を避けて辿り着くあたりの位置だろうか?
「うわあ……」
「なんって悪辣な罠だ……」
「絶対殺してやるという意思を感じますね」
「怖いです……」
「ま、右はこんな感じじゃの。」
「と、いうことは……左が正解?」
右をマトモに通れるとはイストファには思えなかった。
ならば左の道がいいのではないかと、そう思ったのだが……そんなイストファにクロードはニヤリと笑みを浮かべて答える。
「さて、それで正解かどうか。確かに左の道には一見何もなさそうに見えるが……」
「そう言うってことは」
「儂の見立てでは、何かが壁か床か天井か……何処かから毒が噴き出してくるじゃろうのう」
それも致死性のやつじゃない、と言い切るクロードにカイルがオイオイと声をあげる。
「随分言い切るが、根拠は当然あるんだろうな?」
「うむ。右の罠が分かりやすすぎる。仮にも長い間仕掛けのみで侵入者を退けた場所なのであれば、当然『仕掛けを読む者』についての対処もしていると考えるべきじゃ」
つまるところ、殺意があからさまに過ぎる。
入り口の仕掛けを考えれば「そういうもの」とも思えるが……。
「難物じゃぞ、これは。入り口の光弾の罠すらも『此処は真正面から殺しに来る』と思わせる為の誘い罠かもしれん」
罠を警戒させたうえで「見せ罠」を用意し、その裏に別の本命の罠を仕掛けておく。
それを何重にも仕掛けていたとすれば、罠の突破自体が次の罠への誘いであることすら考えられる。
「で、どうすんだよ。左にも鉄球投げてみりゃ分かんのか?」
「それで分かればいいがのう……」
カイルに言われクロードは鉄球を左の道へと弾くが、何も起こらず……鉄球は奥へと転がっていく。
「何も起こりませんね……」
言いながらも、ドーマは今のクロードの台詞が引っかかっているのか難しそうな表情になる。
「とはいえ、鉄球程度では反応しない……という可能性を頭に入れておかねばいけないのですよね」
「そういうことじゃの。一定以上の大きさや重さに反応する罠も当然あるじゃろう」
そう答えたクロードが指し示したのは、右の道だった。
「もし毒の罠であれば、ちと解除が難儀じゃ。右を進むことを勧めるがの」
「どう進めってんだよ……」
「どうもこうも、這って進むしかないのう。幸いにもあの落とし穴はタイミングから見て連動式……単体では作動せんじゃろうしの」
「罠自体を解除できねーのか?」
「やれと言うならやるがのう。無駄な時間と思うが」
確かに、解除したところで何が手に入るわけでもない。
カイルは考え……やがて、納得したように頷く。
「ま、そうだな。順番としてはクロード、俺、イストファ、ミリィ、ドーマだろうな」
何かあってもイストファが俺を、ドーマがミリィを庇えるとカイルは言い、イストファとドーマが苦笑する。
「まあ、それがいいかもね」
「ですね」
「儂が庇われる態勢になっておらんようじゃが」
「お前が失敗した時の備えに決まってんだろが」
「なるほどのう」
まだ信用されておらんか、と。そんな事を言いながらもクロードは気にした様子すらも見せない。





