それでもどうしても気になるってんなら
「んじゃ、戻るか」
「え? もうですか?」
用は済んだとばかりに踵を返すカイルにドーマはそんな声をあげて。
カイルは呆れたような声をあげる。
「あまり長居する場所じゃねえよ。此処は裏稼業の最前線だ」
「……俺達も綺麗な商売をするように心がけちゃいるんだがね」
「そういうトラップスミスが居るのは知ってるさ。だが裏稼業ってのは何も暗殺だけじゃない。そうだろ?」
「否定はしねえな」
「つまり、そういうこった」
疑問符を浮かべるイストファやミリィとは逆にドーマはハッとしたような表情になり、カイルと職員の男は視線を交し合う。
「だがまあ、俺達はどうせならアンタと仲良くなりたいと思ってる。人に好かれやすいのはそっちの戦士かもしれねえが……俺達みてえなのには、アンタみたいなのが合ってる」
「ふざけんな。『そういうの』は王都でやってろ」
「そう嫌うなよ……ほれ」
職員の男が投げたのは、銅色のメダルのようなもの。
「いつでも使え。街中でひけらかしてるだけで通じる」
「ねえよ。そんな機会はな」
「あるさ。俺達の情報網はこの街じゃ一番だ」
「だろうな」
コインを手の中で遊ばせていたカイルはそのまま、指で職員へとコインを弾く。
「だからこそ使わねえ。使ったが最後、何処までも落ちる。それはそういうもんだ」
「……それが分かってりゃ使いようもあると思うがね」
「自分なら使える。そう思うのは間違いの始まりだ……俺の兄貴みてえにな」
ククッと笑う職員の男をそのままに、カイルはイストファの背を叩いて促す。
「さ、行くぜ。用は済んだんだ」
「う、うん」
そのまま5人でトラップスミスギルドを出て。
まだ明るい路地裏を歩きながら、クロードは「流石じゃのう」と切り出す。
「アレを貰っていれば、間違いなく太い繋がりになっておったじゃろうよ」
「それは……あまり良くない事、って意味だよね?」
「さて。裏社会との繋がりを良しと見做すか悪しと見做すかは、それぞれじゃの」
確かにトラップスミスギルドは表社会へ適合しようとする意志を見せている。
それは間違いないだろう。しかし、とクロードは語る。
「そもそも、トラップスミスの技術なんぞは裏稼業の技術。迷宮都市以外で手広く使える技術かといえば……のう?」
言いながらクロードはミリィに視線を送り……ミリィは小さく震える。
その視線を、イストファは間に入って遮って。
「何が言いたいの?」
「良くも悪くも、ダンジョンが多くの『爪弾き者」を『人間』に引き戻した。ならばダンジョンとは神の御業なのか。そう考える者も居るかもしれん……のう?」
「迷宮の神実在説か。だがまだソレの啓示を受けたって話は聞かねえぞ」
「しかし迷宮武具の神は居る。そうでは?」
「神の論議がしたいなら神殿に行きやがれ」
言いながら、カイルはひらひらと手を振る。
その様子にクロードは肩をすくめ……しかし、イストファは何かを考えるような表情になる。
「もし……」
「ん?」
「もし、迷宮の神様がいるなら……一体、何を目的にダンジョンを作ったんだろうね」
「さて。人類の救済だと謳う者もいるが……真実はどうであるやら」
「どうでもいいことだよ」
その疑問を、カイルは本当につまらなそうに切り捨てる。
「ダンジョンの存在が、俺達を未来へと導く。それさえ分かってりゃ、後は何も問題ねえ」
「……うん」
「だが、それでもどうしても気になるってんなら」
言いながら、カイルはイストファと肩を組む。
「そんときゃ、付き合ってやる。一緒にダンジョンの神とやらに聞きに行くとしようぜ。『てめー何が目的だ』ってな!」
「ははっ」
冗談めかして言うカイルに、イストファの表情も自然と明るくなる。
わざとそう言っていると理解できるからこそ、カイルからの友情を強く感じられたのだ。
「そうだね。その時は……一緒に行こう、カイル」
「おう。任せとけ!」
「……まーた私達を省こうとする」
「しかも今度はイストファまで……」
「あ……ご、ごめん!」
ジト目になるドーマとミリィにイストファが慌てたような声をあげると……2人はイストファとカイルを押しつぶすかのように駆け寄り抱き着く。
「勿論私達もついていきますからね!」
「ボクもです!」
「うん、勿論だよ!」
「ていうか重てぇよ馬鹿!」
ワイワイと騒ぐイストファ達を後ろから見つめながら、クロードは小さく息を吐く。
「眩しいのう。儂にはイマイチついていけんノリじゃが……」
あの中に混ざれるようになるのも面白そうだ、と。そんな事を呟く。
真っすぐで、眩しくて、夢に向かって一直線。
後ろ暗いところなど何もないと全身で宣言しているかのようですらある。
……だからこそ、なのかもしれない。
そうしたものを蹂躙したいと思う者が出るのは。
「……」
別の路地に視線を向けると、何かを引きずったような真新しい跡があるのが見える。
丁度人間を引きずったらそうなるのでは、というような……そんな跡。
手配書の事を思い出さずとも、それが何をしようとしてどうなった跡であるのか、クロードには想像できた。
トラップスミスギルドが本気でアサシン関連の揉め事を防ごうとしている事も、また。
「さてさて。どうなることやら」
それは、誰にも分からない。
ともかく……クロードを加えての再度のダンジョン探索が、始まろうとしている。





