すげえ奴だよ、お前は
「このカニ巨獣は魔石を食べているんですよね? なら、ワーウルフも魔石を差し出しているのでは?」
「そう考えるのが一番納得いくけどよ。何処で調達すんだよ。この階層にワーウルフより弱いモンスターがいるってことになるぞ」
ドーマの意見にカイルがそう返すと、ドーマは「まあ、そうですね……」と頷く。
ワーウルフより弱いモンスターが居るとして、そのモンスターは過酷な大陸で生きられるはずがない。
ありえるとしたら……。
「畜産をやってれば、あるいは……いや、ねえか。そんな餌場を他の巨獣が襲わないはずがねえ」
「そうですよね」
巨獣にとってみれば弱い肉のうごめく牧場など、食事の採り放題の会場にしか見えないはずだ。
そんなものが存在すると考えるのは無理がある。
「でもさ……そもそもワーウルフは何を食べてるんだろうね? あの木の実だけ?」
「まあ、当然の疑問だよな。ウルスの予想が全てとも思えねえが、肉を狩れるとは思えねえ。となると……魚か」
木の実だけでは、とても一年中は生き抜けまい。
だが魚ならば充分な栄養源になる。しかも、それを主食にしていると考えれば他にも見えてくることがある。
「ワーウルフの居住地は海辺に比較的近い場所にある……って可能性があるな」
「近い、というよりも海辺に住んでるんじゃないの?」
「いや、それはねえだろう。海辺なんざ隠れる場所がほとんどない。ワーウルフなんざ踊り食いされるぞ」
そう、最低でも森などの上空の視線から隠れられる場所にいるはずだ。
あるいは洞窟でもいい。とにかく、平原に集落がある事はない。
「あのー……」
イストファと頷きあっていたカイルは、おそるおそる手をあげたミリィに視線を向ける。
「ワーウルフのご飯は魚で解決として、結局このカニは何を貰ってるんでしょうね?」
「まあ、魚に魔石があるとは思えねえからな……」
「そうかなあ」
カイルにそんな事を言ったのは、イストファだ。
「魚っていってもダンジョンの魚だよね? 魔石があってもおかしくないんじゃないかな」
「!」
言われて、カイル達3人は顔を見合わせる。
そう、確かにおかしくない。
ダンジョンの生き物はダンジョンの魔力で生成されたものだ。
その特徴は地上には存在しない「魔石」が体内にある事だが……あるいは、魚もそうなのではないだろうか?
それを否定する材料は、何処にもない。
「……まあ、そうだな」
「ですね」
「でもそうなると……ボク達も魔石をあげなくてはいけないのでは?」
ミリィの呟きに、全員から思わずうなり声が出てしまう。
この階層では、先程ワーウルフから手に入れた魔石程度しかない。
しかし、その程度で満足するのかどうか?
「……あげてみる?」
イストファが袋に手を伸ばすと、カイルは再度唸る。
「……どうだろうな。その手札を切ってどうなるか分からん」
たとえば、魔石を渡すという行為が成功報酬だったら?
渡した途端に放り出される可能性だってある。それは避けたい結末だ。
「って、うおっ!?」
「ひゃっ」
「うあっ」
よろけた3人がなんとかカニ巨獣に掴まり……ほとんど揺らがなかったイストファが「あっ」と声をあげる。
そう、カニ巨獣は突如停止し……その目が、イストファ以外にも分かる程度に全員を見つめていたのだ。
「見てる……」
「思ったよりめっちゃ見てやがるな……」
「いきなり止まって……どうしたんでしょう?」
「まさか……ボクたちの会話を理解してたんじゃ」
再びのミリィの言葉にカイルは思わず「まさか」と呟く。
呟くが……それを否定できるものはない。
どうするか。考えるカイルをそのままに……イストファが「魔石が欲しいの?」と問いかける。
「お、おいイストファ」
言いかけたカイルの言葉を、カニ巨獣のハサミの音が遮る。
ガキン、ガキン、ガキン、と。肯定するように、催促するようにハサミの音が響いて。
「マジかよ……」
「じゃあ、えーと……はい」
イストファが降りて、カニ巨獣の口元へと魔石を投げると……カニ巨獣は抵抗することなく魔石を飲み込み……その目でイストファをじっと見つめる。
「それしかないんだ。ごめんね?」
申し訳なさそうに謝るイストファに、カニ巨獣が何かを言う事はない。
「また乗っていいかな? えっと……出口って言っても分からないか。船を探してるんだ」
通じるわけがない。イストファ以外の誰もがそう思っていたし、カニ巨獣も答える事はない。
ただそこにいるだけのカニ巨獣にイストファが乗ると……カニ巨獣は、突然その向きを違う方向に変え始める。
「な、なんだ?」
「え? ま、まさか」
「本当に話が……?」
そして再び走り出したカニ巨獣の背に乗って、イストファ達は進む。
途中現れた陸上型巨獣は逃げるかカニ巨獣に切り裂かれ、敵なしに思えた。
だが、空舞う巨獣の一体がカニ巨獣を狙い急降下を開始する。
カイルとミリィが少しでも抵抗しようと杖を構える、その刹那。
……カニの吐き出した凄まじい勢いの泡が、巨獣を迎撃する。
「……ひえっ」
ミリィがそう呟いたのも無理はない。
一撃で仕留めたとか、そういう次元ではない。
空舞う巨獣は、今の一撃でバラバラに霧散したのだ。
「……ブレス攻撃? バブルブレスってか? どんだけだよ……」
そのまま走っていく巨獣の向かう先……潮の香りの混ざり始めたその先には、一艘の巨大船が係留されていた。
「マジでついちまったよ……」
「ありがとう!」
元気よくお礼を言うイストファをカニ巨獣はじっと見ていたが……全員が降りたのを見届けると、そのまま走り去っていく。
「やっぱり話通じてたんだね」
「そう考えるしかねえな……ったく、そうと最初っから分かってりゃあ」
「分かってれば、話しかけましたか?」
ドーマに言われ、カイルはため息と共に頭をかく。
「……いや、ねえな。俺には無理だ」
おそらく、試そうとも思わない。
まさか「話しかけるのが正解」だなんて、誰が思うものか。
いや、本当はそれもダンジョンが意図した正解ではないのかもしれない。
偶然に過ぎないのかもしれない。それでも……結果的に、正解を引き当てた。
「すげえ奴だよ、お前は」
「凄いのは僕じゃないよ。1人じゃ何もできなかった」
「だとしてもだ」
言いながら、4人は用意された船の縄梯子を登り船長室へと近づいていく。
その扉を開けた先にあったのは……本来であればそこにあるはずのない、下へ続く階段。
「さあ、9階層だ……覚悟はいいか?」
頷き、降りていく。
僅かな恐れと、大きな達成感と……抑えきれない、未知への興奮を胸に。
第8階層「巨獣大陸ガルファング」
実際のガルファングを再現したと思われる階層。
守護者は存在しないが、存在する必要もないのだろう。
巨獣1体だけでも、これまでの守護者達をまとめて秒単位で屠れる階層に、そんなものは要らない。
人類がこの階層を無策で突き進むのは、確定された死へ向かうのと同じである。
なお、未確定情報ではあるが通常の巨獣を超える大巨獣が存在するとも言われている。





