ま、可能性はデケえな
【その奇妙さを、なんと表現するべきか。人型の獣、と呼ぶべきなのか獣型の人、と呼ぶべきなのか。獣の頭を持つモンスターはミノタウロスのように幾つかの例があるが、彼等の特異さはそれとも異なる生態にある。一言で言うなら、彼等は獣であることをやめていない。必要であるから二足歩行をしている。そういった進化を経たようにすら考えられる】
海洋学者ウルスの本にワーウルフはそう書かれている。同じ本の中で何度も出てくるワーウルフに関する記述だが……「それ」を発見したのは、イストファが最初だった。
「待って。木の上に何かいる」
進行方向にポツンと生えた木。緑の葉が揺れるその奥に、イストファはキラリと光る眼を確かに見た。
「……ワーウルフか? どうするかな」
「逃がしては……くれないよね」
「ウルスの本を読む限りじゃ好戦的だ。それが再現されてるとみていいだろう」
この階層の制限のため、今のイストファは盾すら持ってきてはいない。
そして迂回しても襲ってくるのであれば、どうにかするしかない。
慎重に……慎重にイストファは木へと近寄っていこうとして、しかしドーマに止められる。
「イストファ。私に任せてください」
「え? でも……」
「問題ありません。ニールシャンテよ、私に力を……ファイターズクレスト」
ドーマの身体が強化され……走るドーマは、更にもう1つの魔法を唱える。
「重ねて、私に力を……バトルクレスト!」
ドーマが向かうのは、イストファが向かおうとしていた木。
そこへと躊躇いなく走り……それに反応したかのように、ワーウルフが木の中から飛び出してくる。
狼そのものにも思える口を大きく開くワーウルフの顎に、拳の一撃。
ガキン、と音を立てて無理矢理閉じられた口の、その鼻先を抑え下へと押し込み……そのまま、膝を叩きこむ。
「ゲグッ……!?」
だが、そこでは終わらない。そのまま首を抱え込んで地面に叩きつけ、何かが折れ砕ける鈍い音を響かせる。
「……ま、こんなものですね」
「うおお……エグいな」
「なんか凄かったね……僕、アレ出来るかな……?」
「援護する暇もありませんでしたよ……」
一連の動きは速いというわけではないが、実に無駄のない流れで隙が無い。
そして仕掛けた側のドーマには、ほとんど疲れた様子も見当たらなかった。
「獣をやめてない、でしたか。まさにその通りですね。腕があるのに有効活用できてません」
楽でしたよ、と言い放つドーマだったが……何かを問うように見てくるカイルにイストファは思わず首を横に振ってしまう。とてもではないが、初見であんなことをするのはイストファには無理そうだ。
「まあ、その辺はさておいて……どうだ?」
「見た通りです。主武器は牙なんでしょう。相当自信がありそうでしたよ」
「まあ、あんなもんに齧られたら確実に大怪我だからな……」
「今のボク達、まともに防具をつけてませんものね……」
そう、イストファもいつもの防具をつけているならともかく、生身であんな噛みつき攻撃を受ければただではすみそうにない。充分すぎるほどの脅威なのだ。
「でも、本には書いてなかったけど……武器を持ってるワーウルフもいるんじゃない?」
「んー……いや、ないとは言わねえが……基本的には考えなくていいと思うぜ」
イストファの言う「武器を持ってるワーウルフ」は、可能性としては否定しきれない。
1階層のゴブリンヒーローのような、実際には存在しないモンスターが出てきてもおかしくはないからだ。
しかしそれは、余程運が悪くなければ有り得ないだろうともカイルは考えていた。
「考えてもみろ。このクソデカ生物が闊歩する大陸で、ワーウルフどもの主食は『何』だ?」
「何って……ウルフなんだから、お肉じゃない?」
「……何を狩るんだよ」
鋼鉄の剣も魔法も呪法も針で刺したほどにも効かない巨獣相手に、ワーウルフに何が出来るというのか。それを狩ると考えるのは、あまり現実的ではない。
「答えはたぶん、そこの木にあるな」
「……そうなの?」
イストファ達は先程ワーウルフが居た木の下へと移動し……見上げて「あー」と頷く。
「果物が生ってますね」
「なんだろあれ。見たことない果物だけど」
「たぶん『ガルナッツ』だろ。書いてあっただろ、見た目詐欺の果物」
「え、アレが⁉」
「たぶんだけどな」
そう、真っ赤に実ったその果物……らしきものだが、確かにウルスの本にはそのような記載がある。
【恐らくはこの大陸において小さき者達が摂取できる唯一の栄養源。それはこの木の実であると考えていい。果物だと勘違いした船員が危うく齧りそうになったが……中身はナッツに似た代物だ。恐らくは栄養価もナッツに似ていると考えていいが……生食が可能ということなのだろうか? この大陸の生物と私達の消化機能に差異がある可能性を考えれば、調理したいところなのだが……火を使えば巨獣を呼び寄せてしまうのではないだろうか】
美味しい、らしいのだが……2階層の果物のことを思えば、齧ってみる気にはならない。
「持って帰れば売れるかもしれねえが……」
「やめときましょう。匂いでワーウルフが寄ってくるかもしれません」
「ま、可能性はデケえな」
僅かな金の為にそんな天然のトラップにかかってしまっては仕方ない。
そのまま木をスルーして、イストファ達は先へと進む。





