本当の家族よりも、ずっと
「なら……」
「ん?」
「なら、どうしてステラさんは僕に手を差し伸べてくれたんですか?」
「イストファ。あの時の事、覚えてる?」
「あの時?」
「私たちの出会いの時。あの時……私は思ったわ。この子にチャンスと環境を与えたら……どんな風に育つんだろうって」
だからこそ、強引に引き込んだ。「身内」に勢いで入り込み、その庇護下に収めた。
結果として……イストファは、期待以上に成長してみせたのだ。
「君から聞いた傭兵王の話。彼の気持ちが、私には分かる」
傭兵王。ノーツを名乗りイストファの前に現れた彼は、強かったし何でも持っていたが……後継者だけは持たなかった。それが出来る前に全てを失ってしまったからだ。
しかしそれでも遥かな時を超え、イストファに自分の欠片を残した。
それを聞いた時……ステラは「ズルい」と思ったのだ。
自分が拾ったのに、後からやってきて何かを残すなんて。しかし、それによってイストファは更に成長した。これはとても嬉しい事なのだが……しかしある意味で同類と言えるような男に先を越された気分で、ステラとして複雑なのは変わらない。変わらないが……。
「私が君に与えられるものは、驚くほどに少ないわ。君が歪まないように、見守ることくらいしかできない。でも……風に手折られるような弱い芽だった君は今、しなやかで強い若木になった。もう、君に私は要らない」
「そんなことは! 僕は、ステラさんが居たから……!」
2人の関係が、終わろうとしている。
それに気づいたイストファの必死の叫びを、ステラはイストファを抱きしめる事で止める。
「そう思うなら……私がビックリするくらいの男の子になってね、イストファ。君は私の最初の弟子。私が生きていた証拠よ」
そう言い残して、ステラはイストファを離し……身を翻す。その後ろ姿を追おうとして、しかしイストファは伸ばしかけた手を引っ込める。
そうするべきではない。そうしたところで、ステラが考えを変える事はないと。そう気づいてしまったからだ。
だからこそ……イストファは涙をこらえ、叫ぶ。
「……ステラさん! 大好きです……本当の家族よりも、ずっと!」
「ええ、私もよイストファ。貴方が何処までいけるのか……楽しみにしてる」
立ち止まらない。振り返らない。そうして、ステラは歩き去っていく。
そうして、ステラは居なくなって。その姿すら見えなくなった時……イストファの目からは、大粒の涙が零れていく。
あれは別れの挨拶だ。だから、もうイストファとステラは会う事がないのかもしれない。
本当の家族よりも「家族」だったステラとの別れ。
それはイストファにとって……大切なものを失ったに等しかった。
「イストファ……」
カイルも、ドーマも、ミリィも。イストファにどう接するのが正解なのか分からない。
しかし、しばらくたって。ハッとしたようにイストファがドーマの肩を掴む。
「ドーマ!」
「は⁉ な、なんですか⁉」
「ドーマは大丈夫なの⁉」
「大丈夫、って……あー……」
イストファが何を言わんとしているか察して、ドーマは納得したような表情になる。
つまるところ、「鍛えてしまって将来大丈夫なのか」と言われていると分かったのだ。
「あのですね。えーと……ダークエルフとライトエルフでは事情が違うんですよ」
「え?」
「そもそもライトエルフも冒険者をやってるようなのは多少鍛えたくらいじゃ何も影響ないような人とか、もう子供のいるようなのとか、そういうのが多いんですが……」
「うん」
「ダークエルフはですね……そもそも、魔力に長けてはいないんです」
そう、ライトエルフとダークエルフは同じエルフでも種族的特徴が大きく異なる。
外見もそうだが、ダークエルフは魔力が然程多くはない。そういう意味では人間に近くもあるのだ。
「ですから、心配には及びません。私よりカイルの方を心配した方がいいくらいです」
「人間がそこまでになるには何百年もかかる。何の問題もねえ」
ドーマとカイルにそう言われて、イストファはようやく落ち着いたような様子を見せる。
「……そっか」
「ええ」
「ああ」
イストファは、少し無言のままで。やがて、ステラが消えていった方角を見つめる。
そこには当然、ステラの姿はない。けれど、追いかけていく気もなかった。
それを彼女が望んでいないと、分かっているからだ。
「カイル、ドーマ、ミリィ。第8階層……絶対に攻略しようね」
「そりゃ勿論だ」
「ええ。その為に王都でも調べ物をしたんです」
「今度こそ、ですね!」
互いの拳を叩きあい、4人は先へ進む決意を新たにする。
新たな家、新たな始まり。
1つの別れを経て……イストファ達は、ある意味で「本当のスタート地点」に立ち始めていた。
やっとこの展開を書くことが出来ました。





