ちょっと、感動しただけだから
迷宮都市エルトリア。フィラード王国でも特に景気の良いこの街には、いつでも夢見る若者達がやってくる。
夢破れる者も多くいるが、成功する者も一部いる。
イストファ達も、今となってはその「成功した者」に分類されるだろう。
その成果の1つが……彼らの目の前にある、屋敷だった。
2階建ての石造りの屋敷は、「家」としては大きすぎるが「屋敷」としては少し小さめな……そんな程度の大きさであった。
「おおー……」
「小せぇ屋敷だな」
「大きいですね……」
「凄いです……」
イストファ達はそれぞれの感想を声に出した後……1人だけ違う感想を言ったカイルへと振り向く。
「うっ、違う。ほら、思ったよりは……って話だよ」
「こういうところ、金銭感覚の差が出ますよね」
「まあ、仕方ない部分もありますよ。宿でも一番いい部屋とってましたし」
「あ、あはは……まあまあ」
困ったように笑うイストファは2人を宥めると、近くに立っていたエルトリア第三衛兵隊長、アリシアへと視線を向ける。
「えっと、アリシアさん」
「ああ。これが鍵だ。これの受け渡し処理をもって、引き渡しは完了する」
「ありがとうございます」
鍵束を受け取ったイストファに、アリシアは小さく微笑む。
「しかし、感慨深いな。あの時の少年が、今や市民だ。もう必要ないかもしれないが……今後は何かあった場合は、君を優先して守ることが出来る。困ったことがあればいつでも言ってほしい」
「その時はお願いします。僕も分からないことだらけですので、頼る事も多いと思います」
「ああ。ふふ……そうやって気を使われてしまうとはな」
「えっ、いえ。そんなつもりは!」
「冗談だ。さて、もう説明したとは思うが……この屋敷は人が住まなくなって大分たつ。定期的に清掃の手は入れているが、細かい不備に関しては今後自分たちで整えていってほしい」
「はい、分かりました」
頷くイストファにアリシアも頷きを返し、歩き去っていく。それを見送った後……イストファは門へと向き直る。
金属製の門は僅かな錆しかなく、丁寧に管理されていた事を思わせる。
その奥にある屋敷は……この街に来たばかりのイストファには想像もつかない程のものだ。
そんな場所の鍵を今、イストファはその手に持っている。
「どうした、イストファ」
「……ここまで、来たんだなあって」
家。家族に捨てられて失ったはずのそれが……いや、もっと立派なものが今、此処にある。
その事実が、イストファに思わず涙を流させる。
「は⁉ え、おい。どうした。え、ええ⁉ おいドーマ、どうすりゃいいんだこれ!」
「ど、どうって……大丈夫ですかイストファ!」
「何処か痛いんですか⁉」
心配したような顔で寄ってくる3人にイストファは「大丈夫」と答え、涙を拭く。
「ちょっと、感動しただけだから」
「……おう。ま、ちょっとした大成功ではあるわな」
「……ですね」
「はい」
元から王族のカイルはともかく、ドーマもミリィも市民権を手に入れている。
それは、冒険者という流れ者にとっては非常に大きな変化でもあった。
何しろ名実と共に「余所者」ではなくなったのだから。
「さ、入ろうぜ。お前の家なんだ」
「うん!」
門に鍵を刺し開ければ、小さな前庭と……すぐ奥に、屋敷の扉がある。
そこにも鍵を差し込み開いて……屋敷の中の光景が、イストファ達の前に広がっていく。
「うわあ……!」
そこにあったのは、広々とした玄関ホール。
古いが品の良い調度品が置かれ、全員で集まって作戦会議なども出来そうな雰囲気だった。
「かなり古いな……骨董品クラスだぞ」
「え、高いの?」
「価値でいえばそれほどじゃなさそうだが……良い品ではあるな」
良くも悪くも日用品だよ、と言うカイルだったが、イストファには当然のように分からない。
良い品、というところだけ理解して「そうなんだ」と頷くだけだ。
そうして巡っていくと幾つかの部屋や風呂場、調理場などの幾つかの部屋が見つかっていく。
どれもイストファにとっては見たこともないような凄い設備だが……ドーマもミリィも同じなようで、目を輝かせていた。
「すぐにでも使えそうだな……だが、こりゃ前の持ち主はそれなりの金持ちだったんだろうな」
「そうなの?」
「ああ。ま、どうでもいいことだが」
何があってこの屋敷を手放す結果になったのかも、カイルにとってはどうでもいい。
今となってはイストファのものなのだから。
「それより部屋だよ! 一番良い部屋はイストファのものとしてだ。部屋割り決めなきゃな!」
「一番良い部屋って、あのベッドが凄く大きかった部屋ですか?」
「ああ、あの部屋ですか。あの2人は寝れそうな……」
言った瞬間、イストファを除く全員が周囲を見回す。この場には、ステラはいない。
冒険者ギルドに呼ばれて嫌そうな顔で行っているのだ。
やがて頷きあうと、カイルがイストファの肩を叩く。
「イストファ、お前は俺と同室な」
「え? い、いいけど……どうして?」
「親友だからだ」
「ふ、ふーん?」
そんなこんなで部屋割りを決めたイストファ達だったが……後でやってきたステラが放ったのは、彼らが想像していたものとは全く違う台詞だった。
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