それを望むかしらね
「……おい」
「?」
突然落ち着いた口調で話しかけてきたガラハドに、イストファは思わず動きを止めてしまう。
ルーンレイカーの発動に制限時間がある事を考えると、あまり悠長にしている暇はないのだが……イストファの真面目さのもたらす弱点でもあった。あるいは、これが殺し合いではないというのも関係しているのだろう。
「俺が、あの王子様の依頼を受けた理由を教えてやろうか」
「理由……?」
「そうだ。第2王子様はな、俺に欲しい物を前払いでくれたのさ」
そう、ガラハドはずっと欲しているものがあった。
それはダンジョンを探しても見つからなかったもので……それを探しているガラハドに、第2王子ジョセフが接触してきたのだ。
「叡知の鍵石。どうもあの王子様は腕のいい錬金術師にツテがあったみたいでな」
それを聞いてイストファは、自分の懐に仕舞われたモノを意識する。
叡知の鍵石……ブリギッテが生成に成功してしまったという人造魔石。
持つ者に莫大な魔力を与えるという噂……を持つ青い石。
だが、ガラハドが取り出したものは……それとはまったく違う、赤い石だった。
「それは……!?」
「見るのは初めてか? 主に強大な魔力を与えるって代物だ。こいつを……こうだ!」
口に放り込み、ゴクリと飲み込むガラハドの……その身体から、赤い魔力が漏れ始める。
「ハハ、見ろ! 俺の魔力がとんでもねえ上がり方をしてやがる……ったく、努力ってのが如何に空しいか思い知るな!」
ガラハドの持つ紅蓮剣ラゴウから炎が噴き出し始め……ガラハドは、笑みを浮かべながら雑に何度も振るう。そうする度に炎の斬撃が飛び、イストファは切り払うのに精一杯になってしまう。
「おいおい、なんだこりゃ! 片手間に紅蓮斬を撃てやがる! ハハハ、ハハハハ! 魔力が違うってだけでこんなに違うのかよ!」
防戦一方になってしまうイストファ。そんな彼を観客席で見ていたカイルがソワソワし始め、ミリィは「止めたほうがいいんじゃないでしょうか……」と何度もチラチラとステラを見る。
ドーマも同じような感じだが……ブリギッテがそれ以上に平静を保てていないのでそちらにかかりきりになってしまっている。
「そんな……あれは、まさか……! いえ、でも……!」
「落ち着いてください、ブリギッテ様……! ちょっとステラ、貴女ならアレ、止められるんじゃないですか⁉」
「んー……」
ドーマに睨まれたステラは、イストファを見ながら薄く微笑む。
「止めるのは簡単よ。でも、イストファがそれを望むかしらね」
「望みとか、そんなの……!」
「それ以上に大切な事なんてないわよ」
ハッキリと言い切るステラに、ドーマは絶句する。
「望みは、人を前に進ませる原動力よ。それに……知ってる? あの子の目指す『一流』って、私なのよ? その為には、こんなところであんなモノに頼ってる馬鹿に負けてられないんじゃないかしら」
「あんなモノって……叡知の鍵石ですよね? 人の生み出した最高傑作では……」
「違うわよ。そこのお姫様は気付いてるみたいだけど」
「……! では、やはりアレは……!」
立ち上がるブリギッテに、ステラは視線を向け……「ええ、そうね」と微笑む。
「貴女の想像通りだと思うわ?」
「では、本当に『ブラッドクリスタル』だというんですの⁉」
「そうね。あの第2王子様がこの世から離脱したのも、その辺りが理由じゃないかしら?」
「な、なんですか。そのブラッドクリスタルとかいうものは……」
「……禁じられた石。錬金術の闇。無数の生贄から作り出す人造魔石だな。一時期はこれこそ叡知の鍵石である、なんてほざく連中がいたらしいが……あのバカ兄貴め、そんな事してたのか」
カイルの解説にドーマとミリィがざわめき、ブリギッテがスカートの端をギュッと握る。
「絶対にやってはならない事であり、絶対に作ってはいけないものですわ。ブラッドクリスタルの材料は人間ですもの。それに、何よりも……ブラッドクリスタルを体内に取り込んだ者は、例外なく……!」
化け物と化す、と。そう呟いたブリギッテの視線の先。余裕の笑みを浮かべながら炎の斬撃を放ち続けていたガラハドの頬が、ひび割れる。
「ハハハ! どうしたどうした! そんなんじゃ俺に勝てやしねえ……って、ん?」
ビシリ、ビシリと。ガラハドの身体がひび割れ、中から何かが出てくる。
それは、ガラハドではない何か。
「あ、あぐっ……お、おい。なんだ、これ……」
ガラハドの肉体が、肥大化していく。
いや、肥大化というのは違うだろうか。筋肉量が中から増大して、全く違う何かへと変化していく。
「これは……! 少年、引け!」
審判役の白剣騎士が剣を引き抜き、ガラハドへと一瞬のうちに距離を詰めて。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ぐうっ!? こ、これは紅蓮剣の炎!?」
しかし、変化するガラハドの放った炎に阻まれる。
ミシリ、ミシリと。音を立てて変化していくその姿に、イストファは見覚えがあった。
目の前で「完成」する、その姿は。
「ミノ、タウロス……」
その手に斧はない。ガラハドが持っていたはずの紅蓮剣ラゴウもない。
だが……真っ赤な肉体を持つそのミノタウロスが吐き出した炎をイストファが回避した時、それがどうなったかを誰もが知る。
「ミノタウロス・ラゴウ……ってところかしら。ま、相応しい末路ね」
淡々とそんな事を言うステラの声が響いた直後……会場を覆ったのは、観客である貴族たちの、恐怖に満ちた絶叫だった。
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