この剣に籠った、想い
中央に用意された舞台に立つのは、2人の黒杖騎士。
イストファと、金級冒険者……紅蓮のガラハドだ。
「では、ルールを説明する。互いに命を奪うのは厳禁。それ以外の怪我であれば待機した神官が総出で治す。互いに黒杖騎士という王族の誇りを象徴する存在であることを前提に、相応しい戦いをするように。理解できたか?」
「はい」
「ああ、問題ねえ」
審判役の白剣騎士の言葉に、イストファもガラハドも頷く。
互いに剣はまだ鞘に納めたままで。白剣騎士は2人から離れ、すうっと息を吸い込む。
「では……始め!」
号令が響いた、その瞬間。ガラハドはイストファへと笑顔を向ける。
「イストファ、だったな?」
「え? はい」
ドムッ……と。鈍い音の響く蹴りが、イストファに突き刺さる。
肺を正確に蹴りぬいたそれは、イストファに一瞬の呼吸困難を起こさせる。
「か、は……っ」
「くっせえ芝居しやがって。俺はテメエみたいなガキが嫌いなんだ」
続く蹴り、蹴り。倒れたイストファを嬲るような蹴りに審判の白剣騎士も絶句するが、止める程の怪我をさせているわけでもない。
「ステラの庇護下で生きてる分際で若い英雄気取りか? イライラするぜ」
「がっ……」
「ちょ、審判! あんなのはアリなんですの⁉」
「い、いえ。その……道義的にどうかとは思いますが、止めるほどのダメージを与えているわけでは」
ブリギッテの抗議に白剣騎士もオロオロとしているが、それを気にした様子もなくガラハドはイストファを踏みつける。
「自覚しろよ、ザコが。お前1人の力で成した事なんざ、どの程度ある? 女頼り、仲間頼り、武器頼り。全部お前以外の力だろ?」
言いながら、ガラハドは剣を抜く。赤い宝石の嵌ったその剣は……ガラハドの魔力を受けて、炎を纏い始める。
「俺は違うぞ。この剣も、俺自身の力で手に入れたものだ。お前のその剣はなんだ? ステラにでも貰ったか」
「……!」
「何が傭兵王の魔剣だ。そんな負け犬の剣を有難がって『僕は英雄でござい』ってか?」
くだらねえ、と。吐き捨てながら振り下ろした剣はしかし、イストファを斬ることはない。
そうなる直前、起き上がったイストファがガラハドを弾き飛ばしたからだ。
「お前……!」
「ノーツを馬鹿にするな」
「ああ?」
「ノーツは……傭兵王は、立派な人だった。僕なんかよりずっと立派に生きて、死んでからも凄くて……」
言いかけて、イストファは言葉を止める。違う、一番言いたい事はそうではない。
「僕は確かに、1人じゃ何もできない。どうしようもなくて、それが歯がゆくて」
だからこそ、そう。だからこそ許せない事がある。
「……だから、許さない」
「はあ?」
「僕が馬鹿にされるのはどうでもいい。だけど、この剣を馬鹿にはさせない」
「意味が分かんねえな」
「証明する。この剣に籠った、想いを」
アルスレイカーを、鞘から抜き放つ。それを、ガラハドは肩をすくめながら見て。
「そりゃご立派なことで。で、具体的にどうやるんだ?」
「貴方を、倒す。貴方が負け犬と馬鹿にした、ノーツの剣で」
「へえ……?」
ガラハドは薄く笑うと、剣を構える。それは不可能だ。
そう断言できる。ガラハドの剣は紅蓮剣ラゴウ。強力な炎を迸らせる魔剣であり、これを握ってからガラハドは負けたことがない。
「おお、あれが紅蓮剣ラゴウ……火神が鍛えたと噂される剣か」
「いやいや。私は全身が炎で出来た魔物が姿を変えた剣と聞きましたぞ」
「どちらにせよ、あの魔剣相手では……」
そんな事を囁きあっている貴族の声が、ガラハドの耳にはしっかりと聞こえていた。
そう、紅蓮剣ラゴウは有名な魔剣だ。だからこそ、傭兵王などというマイナーな人物の魔剣になど負ける様子はない。
「その勘違い、腕をなくせば治るかな?」
「……」
イストファは、答えない。ただ、アルスレイカーを無言で構えて。
その姿に、ガラハドは小さく舌打ちする。
そもそも今回の件。報酬につられて第2王子の口車にのったのはいいが、こんな茶番に駆り出されるとは思っていなかったのだ。
第2王子はうっかりに見せかけて殺せと言っていたが……まさか自分が死ぬとは思ってもいなかっただろう。ガラハド自身、こんなオチがつくとは思ってもいなかった。
だからこそ、多少の憂さ晴らしは必要だ。
あの最強とか言われているステラの可愛がっている子供を合法的に痛めつけてやれば楽しいだろうと、そう思っていた。
だからこそ……ゾッとした。
僅か一瞬。その一瞬でイストファが視界から消えた。
消えた。違う。目の前にいる。とっさの判断でガラハドは紅蓮剣を振るい、イストファのアルスレイカーをはじき返す。
「この、野郎があ!」
続けて紅蓮剣から炎を放てば、イストファはその炎をアルスレイカーで切り裂き消し去りながらも背後へと跳ぶ。
「マジックイーター……!」
僅かに衝撃で痺れる手。魔力なしとは聞いていた。しかし、それによって得た身体能力の成長度合を……マジックイーターという呪いじみた力を、甘く見積もり過ぎていた。
それに、今の一撃。必殺の意思を強く感じた。アレは、いったい。
「……なるほど、勘違い野郎は俺だったか」
そして、その衝撃は腐りかけていたガラハドの精神を、まともな方向へと引き戻す。
「だが、だからといって負けられねえ。俺はお前の踏み台になってやる気は微塵もねえんだよ」





