でも、今日の僕は
そして、黒杖合わせの日がやってくる。このイベントは一般公開こそされないが、重要な儀式であり……王を含む王族、そして重臣達が何人も見に来ていた。
そんな彼らが居並ぶ騎士の訓練場だが「何人も」と称されているのは、居ない王族が何人かいるからだ。具体的には第1王子や第1王女の姿はなく……張本人であるはずの第2王子ジョセフの姿も、何故かない。
ジョセフ王子の黒杖騎士である2人は、なんだか微妙な表情をしているが……イストファは、近くに立っているブリギッテに困惑した視線を向ける。ちなみにジョセフの顔を知らないミリィは、何も気づいていない。
「えっと……ジョセフ王子様は……」
「私だって知りませんわ。何があったのやら……」
「え、どういうことです?」
ボソボソと囁きあうイストファ達だったが、やがて宝珠のようなものを渡された王がそれに向かって口を開き……訓練場に声が響き渡る。
「拡声の宝珠ですわ。威力は最低限……といったところですわね」
言いながら、ブリギッテは訓練場の周辺に配置された別のマジックアイテムに目を向ける。
(アレは防音の効果のあるもの……聞かせたいけど聞かれたくない事を言うってことですわね)
そんな事を考えている間にも、王の簡単な挨拶が終わり……咳払いが聞こえてくる。
「さて、会場に今回の黒杖合わせを申し込んだジョセフが居ない事を疑問に思っている者もいるだろうが……」
「本題ですわね」
「ですね」
「何があったんでしょう……」
頷きあうブリギッテ達の耳に届いたのは……こんな、王の言葉だった。
「ジョセフは先日、急な体調の悪化で神の身許へと旅立った。全員、祈りを」
その言葉に、ブリギッテは絶句する。急な体調の悪化。それの意味するところは1つしかない。
これでジョセフがブリギッテの殺害計画に関わっていたのは確実。
しかし、しかしだ。ブリギッテが絶句したのはそこではない。
(私達の争いに、お父様が動いた……? 何故……)
ブリギッテは、今回の争いに王は……父は動かないと確信していた。
それもまた王となる者の試練であると、王自身が分かっているからだ。
だからこそ、王を殺して遺言書を偽造……といったような手段に出ない限りは王は静観すると、誰もが思っていたはずだ。
それが動いた。その理由を考え……ブリギッテは、観客席に座っているカイルへと視線を向ける。
「そういう、ことですの……?」
「え?」
「お父様、そんなにカイラスお兄様が大事ですの……?」
そう、カイル。王が動いた理由はカイルそのものであるようにブリギッテには感じられた。
普段遠征以外の目的で動かない蒼盾の団長が出向いた事も。
イストファに直接会い、王の友人などという立場を与えたのも。
こうして今回、動いたのも。
全てカイルの為だと思えばブリギッテには納得のいくことだった。
そして実際カイルは結果を出している。ダンジョンに出向き、魔力を上げ……イストファという優秀な仲間も手に入れている。
この事実だけで、「カイラス王子が王位レースに大きくリードした」と考える貴族も少なくないだろう。
「……以上の理由から黒杖合わせは本来のものとは異なるが、若者たちの研鑽を見届けるという趣旨での開催とする」
しかし、ブリギッテがそんな事を考えている間にも王の話は進み、拍手が巻き起こる。
それを聞き逃していたブリギッテはハッとしたような表情になるが、未だその顔は暗いままだ。
心配したかのようなイストファの視線が、なんだか煩わしく感じて。ブリギッテはイストファから視線を背けてしまう。
「なんですの、ド庶民。ぶしつけですわよ」
「ごめんなさい。でも、なんていうか……」
ブリギッテの言葉自体は、イストファにも聞こえていた。
だからこそ分かる。ブリギッテの表情は、親に捨てられた子供のものに似ていると。
かつて自分が口減らしで追い出された時にも、こんな顔をしていたのだろうかと……そんな事をも思っていた。
だからこそ、イストファはその台詞を口にする。
「心配なんです」
だが、そうであるからこそブリギッテはより激昂する。この場所に今誰が居るのかも忘れたままに。
「貴方に何が分かるっていうんですの⁉ 華々しい道を歩いている貴方に!」
「……僕は、親に捨てられましたから。それに……ステラさんに貰った金貨1枚がなかったら、今も路地裏に居たかもしれない」
「ろじ、うら?」
「ステラさんと、カイルと……ドーマやミリィと。たくさんの人に会って、助けられて僕は此処に立っています」
言いながら、イストファは自分の胸元に手をあてる。
「そして今日、僕は貴方の為だけに戦います」
「……貴方は、カイルお兄様の」
「はい、親友です。でも、今日の僕は」
貴方の、黒杖騎士だから。
そう告げて、イストファは黒杖騎士の制服をはためかせて笑う。
「だから、そんな僕の言葉を信じてください」
「何を……何を信じろって言うんですの?」
「貴方のお父さんを。カルノヴァ様は、絶対にブリギッテ様の事も大切にしてます」
そう言って、イストファは対戦者が待つ中央へと向かう。
その背中を……ブリギッテは、ただじっと見つめていた。





