それは予定通りだって
翌日になっても、王城の騒ぎは収まってはいなかった。
当然だ。王城へのアサシンの一団の侵入、王女への暗殺未遂。そして何より、城の警備計画への介入。
これには城内にいる騎士団の中でも緑鎧騎士団、そして王直属の親衛騎士団でもある白剣騎士団の怒りが凄まじかった。
何が何でも犯人から情報を吐かせてやる、黒幕を逮捕してやると意気込み、城内も一部の機密区域を除けば徹底した捜索が行われていた。
そこにイストファ達が関わる機会があるはずもなく……むしろ保護という名目で、イストファ達の居る部屋の前には緑鎧騎士と白剣騎士が合同で警備をしている有様だった。
「はーん、昨日の騒ぎの裏にはそんなことがなあ」
「全く気付きませんでした……むしろミリィはよく気付きましたね?」
頷くカイルとは逆に、ドーマはちょっと悔しそうな表情でミリィへと視線を向ける。
終始蚊帳の外であったことも、助けに行けなかった事の悔しさもあるが……そんなドーマに、ミリィは僅かにはにかむような表情を向ける。
「はい。えっと、なんていうか……この城って全体的に呪いみたいなのが染みついてるっていうか。そういう力が結構あちこちに溢れてて。そのせいか、いつもより感覚が鋭くなってるみたいなんです」
「えっ」
「げっ」
「ええ……」
驚いたようなイストファと、嫌そうな顔をするカイルとドーマ。
しかし考えてみれば当然ではある。王族……その中でも王という立場を手にする為には、様々な血なまぐさい事も行われてきた。
その歴史の全てが王城にはあるわけで……そうしたものが呪法士と親和性の高いエネルギー的なものになっていたとしても、不思議はない。
カイルはそれをすぐに理解したのだろう、その表情には納得の色が浮かんでいる。
「あー……まあ、王城だしな。陰謀と血の匂いは染みついてそうだな」
「ええ……そういう場所なんですか……?」
「当たり前だろ。王城なんてもんは、たぶん国で一番血の流れた場所だぞ」
処刑場と同率かもな、などと言い出すカイルにドーマが嫌そうな顔をするが……意外にも冷静なのはイストファもだった。
「イストファは、なんか冷静そうで意外ですね」
「そう、かな? ああ、でも……」
「でも?」
「カルノヴァ様も、ステラさんも、ブリギッテ様も……皆、王城は綺麗な場所じゃないって言ってたから。ちょっと納得かな……って」
実際には綺麗じゃないどころか掃溜めだのなんだのと言っていたのだが……まあ、それはさておいて。
「綺麗な場所じゃない、ですか……」
見た目だけでいうのであれば、王城ほど綺麗で絢爛豪華な場所も他にはないだろう。
国で一番の技術と素材が使われ、常に最高の人間たちによって磨き上げられている。
しかしその裏で、熾烈な……血の流れる駆け引きも行われている。
それを思えば、これほどに嫌な場所もない。事実、今回ブリギッテも誤解から始まり命を狙われた。
「あ、そういえばカイル」
「ん?」
「これなんだけど」
言いながらイストファが取り出したのは、今回の事件の発端となったであろう「叡知の鍵石」だ。
青く輝くそれを見てカイルは「あー……」と嫌そうに唸る。
「さっき言ってた叡知のなんとやらか」
「うん」
「綺麗ですねえ」
「そうですね」
ミリィとドーマは褒めているが、カイルは本当に嫌そうな顔だ。
まあ、それも当然だ。自分と関わりのないところで命を狙われそうになったのだ。
その原因の石ともなれば、そうもなるだろう。
「これ、もし本当に莫大な魔力が手に入るとしたら……カイルは、欲しかった?」
「それはお前にこそ言うべき台詞だろ。どうだ?」
「うーん……要らない、かな」
「へえ、なんでだ?」
「僕は、今の僕が好きだから。それに……」
そこまで言って、イストファは笑う。
「僕に足りない部分は、カイルやドーマ、ミリィがいるから。それでいいんだと思う」
「……へっ」
「ふふっ」
「あはは」
それに、カイルが、ミリィが、ドーマが笑って。カイルは少し、照れくさそうな表情になる。
「ま、俺も要らねえな。俺は自分の努力で大魔法士になるって決めたんだ。そんな石なんかに頼るなんざ有り得ねえ」
ただし、それはイストファと出会ってからの話だがな……とは言わない。
もしイストファに出会う前であったら、そんな石に頼っていたかもしれない。
しかし、そんな事は絶対に言わない。言うわけがない。
「つーかそんな石、割っちまえよ。アルスレイカーに食わせちまえ」
「え、ええ? 貰いものにそんな事するのは、ちょっと……」
「厄介ごとの種でしかねえだろうよ。やっちまえ」
「ダメだよ。ブリギッテ様が悲しむよ」
「お前って奴は……」
大きく溜息をつくと、カイルは「そういえば」と周囲を見回す。
「こういう時に分かった面で何か言いそうなステラと、ブリギッテが居ねえな」
「あ、うん。それが……ステラさんは『ちょっと出かけてくる』って言ってた」
「はあ? まあ、いいや。ブリギッテは?」
「ちょっと1人にさせてほしいって」
まあ、それも仕方ないとカイルは思う。陰謀に巻き込まれやすい王族とはいえ、アサシンに直接狙われて平気ではいられないだろう。ならばそっとしておくべきだと……そんな事を思ったのだ。
「……ま、それもいいか。で、黒杖合わせはどうするんだ? 中止か?」
「それは予定通りだって」
「マジかよ……」
それに関しては王家に関わるものの意地でもある。
暗殺騒ぎでイベントがどうにかなるなど有り得ない。そういう意識が働いたわけだが……それもまた、王家という場所の歪みではあるのだろう。
ともかく、黒杖合わせが始まる。それは、きっとこのブリギッテを巡る騒動の終着点であるだろうことは……おそらく、疑いようもなかった。





