守るって決めたんだ
そうして始まったイストファとアサシンの戦い。しかし……それは決して、美しいものではない。
アサシンとは、文字通りに暗殺者。決して真正面から正々堂々と戦う事を良しとする者たちではない。
だからこそ……その攻撃には、様々な虚が混じる。視線誘導、フェイク、誘い。そんなものは序の口であり、僅かな隙を狙って暗器が閃く。
「ぐっ……!」
今飛んだものは、針。何らかの毒が塗ってあるのだろう針は……イストファには毒こそ通用しないが針そのものはダメージとして通る。
そして何より、今のイストファは鎧を着ていない。盾がない。守るべきブリギッテが背後に居る。
それが、防御を疎かにしたままで避ける事を許さない。
今までやった経験のほとんどない「戦う術のない誰かを守る戦い」を強いられている。
アサシンもそれを分かっているからこそ、そこを重点的に攻めてくる。
近づけさせず、暗器を放ちイストファを消耗させていく。
だからこそ……その身体には傷が増え、動きは鈍っていく。
「……よく耐える。だが、もう先程の半分も動けまい」
「どうかな……」
「強がるな。俺は仕事上、人体の事については詳しい」
言いながらアサシンはナイフを投げ……イストファの腕をかすめ、背後の壁に突き刺さる。
「動かなかった。いや、動けなかったな? お前の意思と身体が鈍っている証拠だ」
短刀が、その手の中で握り直される。確実に仕留めにいく……そんな意思が見て取れる動き。
弱らせてからトドメを刺そうとするそれは、野生動物のものにも似ているだろうか。
「お前が他のアサシンと戦ったことがあるのは、動きで分かった」
「……」
「常に俺の死角を伺っていたな? だが足手纏いの護衛対象が居る状況では、それでも出来まい」
それでも、万が一ということはある。だからこそ、それが出来ないように丁寧に力を削ぎ可能性を潰した。何をやろうとしても、何も出来ないように。万が一が起こり得る、全ての可能性を摘み取る為に。
「俺は、お前の可能性を丁寧に潰した。よく時間を稼いだとは思うが、それだけの話だ」
応援は来ない。ばらけさせた人員が、此処に誰も来ないように工作している。
だからこそ、この暗殺は確実に成功する。たかが「多少強いだけ」の子供など、相手になどなりはしない。
「さあ、死……うっ⁉」
ブオン、と。凄まじい音を立てて飛んだアルスレイカーを、アサシンはとっさの判断で回避する。
ありえない。そんな驚愕がアサシンの頭を支配する。
あの短剣はアルスレイカーとか名付けられた魔剣。そんな投擲武器のような使い方をしていいものでは、決してない。
そして何より、唯一の武器を投げて何を、と。そう考えたアサシンは、その僅かな思考の隙に……飛び掛かってきたイストファの渾身のタックルに、床へと引き倒された。
「ぐ、がっ……⁉」
肺から空気が出ていくような衝撃。無論その程度で気を失ったりはしない。
しないが、相当威力の痛撃。短刀が手から離れたのを感じる。
いったい何を。その疑問は、自分に伸し掛かってきたボロボロのイストファが……その握りしめた拳が、教えてくれた。
「僕は死なない。ブリギッテ様も、殺させない」
「お前……まさか、これを狙って……⁉」
打撃音が響く。何度も、何度も響く。ミノタウロスの重斧を振るった腕力で……半分以下に弱っているとはいえ、身体能力方面の成長に完全に偏ったイストファの打撃が、アサシンを打ち据える。
多少の抵抗の後に、アサシンは気絶して動かなくなり……イストファはフラフラになりながらも、再び立ち上がる。
狙ってなどいない。そんな計算は、イストファには出来ない。
ただ、必死だっただけ。ただ、諦めなかっただけ。
ただそれだけの、無様で泥臭い過程。それでも、勝った。
そこに何か理由をつけるならば。つけようというのならば。
「守るって決めたんだ。誓ったんだ。だから、負けられなかったんだ」
そう、ただ……それだけのこと。技でもなければ知恵でもない。
ただの意地。しかし、そのただの意地が「完璧な仕事」を叩き潰したのだ。
ぜえぜえと荒い息を吐く、そのボロボロの姿はしかし……まぎれもなく勝者のもので。
その姿に、ブリギッテは確かに信じられる何かを見た。
「え、と。イス……」
「イストファ!」
「姫様! ご無事で……! お前は彼女を施療室へ運べ!」
手を伸ばしかけ、イストファを呼ぼうとしたその声は。開かれたドアの向こうからやってきたミリィ、そして踏み込んで来た騎士たちによって遮られる。倒れていた騎士も運ばれていくが……大丈夫かどうかをイストファが確かめる前にミリィが駆け寄ってくる。
「ああ、よかった! 無事だったんですね!」
「ミ、ミリィ?」
「なんか怪しい連中が怪しい事してたんで、とりあえず呪いで転がしてきたんですが……何があったんですか⁉」
「えーっと……」
「ああ、もう。またこんなボロボロに! ドーマは寝てるんですか⁉ こんなに禍々しい空気に満ちてるのに!」
「待って。えっと、落ち着いて?」
何やら呪法士に独特っぽい感覚でやってきたらしいミリィを宥めていたイストファだったが……微妙に刺さる視線に気付き、振り返る。
「ブリギッテ様……?」
「その子と仲がよろしいんですのね……恋人かしら?」
「え? なんでそんなことに」
「ド庶民にはお似合いでしてよ! フン!」
「え、ええ……?」
何故か……イストファにはまだ理解しがたい感情で怒っているブリギッテをイストファが宥めてしばらくの後……更に応援に駆けつけてきた騎士たちによって、その夜の王城は城内をひっくり返すような騒ぎへと発展するのだった。





