お前達は、疾く
「そう、か。カイルがこれで莫大な魔力を得たら……」
玩具の魔法士と蔑まれた第4王子カイラスは……稀代の天才魔法士へと変わり、その弱点が消えてなくなる。それどころか、次代の王候補としての有力候補として輝くことになりかねない。
カイラス……カイル自身がそれを望むかどうかは関係ない。それ自体が許せない者がいる、ということだ。
「私はカイラスお兄様寄りだと言われていますわ。つまり、私が叡知の鍵石を持っていることを……作ってしまった事を知れば、それ自体が命を狙われる理由になりえます」
「そうか、石を奪ってもブリギッテ様が生きていれば……」
「また作れるかもしれない。それは非常に危険……ということですわね」
そう言われれば、イストファにも簡単に想像できる。
確かにそれは脅威だろう。自分の地位が脅かされるかもしれない。つまりは、そういう話なのだ。
しかし、同時に思う事もある。
「あの、王様にこの話をするっていうのはダメなんですか? そういうモノじゃないっていうのも発表してもらえれば……」
「意味がありませんわね。人の疑心というものは、真実をも塗り替えるものでしてよ」
そう、疑っている者はたとえ王の言葉であろうと信用しない。
その裏に「本当の真実」を勝手に見出してしまう。そしてそれは、際限なく膨らんでいくのだ。
「私が狙われる理由は、これでほぼ間違いありませんわね。カイラスお兄様に叡知の鍵石が渡る前にどうにかする……これならば、私を急いで殺す十分な理由ですもの」
「でも、それだと永遠に狙われるんじゃ……」
「そこは、恐らく何かしらの手を打っているんじゃないかしら」
「え? 手を? 誰が……ですか?」
「貴方の師匠でしてよ?」
呆れたように言うブリギッテに、イストファは目をぱちくりとさせる。
意味が分からない。そう言いたげなイストファに、ブリギッテは大げさに溜息をついてみせる。
「貴方の師匠が、私を守るように貴方を唆した。この時点で貴方の師匠……ステラ様が、私の殺害計画に勘付いていたのは自明の理。ここまではよろしくて?」
「は、はい」
「どうですの? それを踏まえたうえでステラ様の、それに対処するような行動に心当たりは?」
「……あっ」
イストファは、2つの出来事を思い出す。
1つは……ステラがカイルを守ると言い出した事。
そして、もう1つは……。
「……怖がりの、ネズミ?」
そう、ステラは「怖がりのネズミ」についてエルトリア迷宮伯に教えていた。
そしてその後の迷宮伯の慌てたような動き……それがもし、そういうことだとしたら。
「ネズミっていうのは殺そうとしてる人で。怖がりっていうのは……」
叡知の鍵石を恐れている。いや、それだけではない。
ステラは、叡知の鍵石の真実にも気づいている。つまりはそういうことだとイストファは理解してしまう。
そう、ステラは何もかも見抜いていたのだ。その事に、イストファは思わずゾッとする。
ブリギッテ殺害の件だけではない。その裏にある……ブリギッテが隠していたことまで見抜いている。その底知れなさは、未だイストファがステラの域までは遥か遠い証でもあった。
「……ステラさんは、何処まで見抜いてたんだろう。いや、いつから……?」
「分かりませんわ。ですが私は、あの方が来た時点で全部分かっていたようにも思えますわ。そうであってもおかしくない。そういう方ですもの」
イストファは、手の中の「叡知の鍵石」をギュッと握る。
ならば、きっとステラはこれがこうなる事も気づいていたのだろう。
そして、それは……きっと、今から起こる事態も計算のうちなのだろうとイストファは思う。
「ドアの外に居る人。何か御用ですか?」
「え? ドアの外って……きゃっ」
そこには蒼盾騎士が居る。この王城の中にいる騎士では最も清廉で、最も信頼できる……それだけに一番動かしにくい騎士団の一員。
しかし、イストファはブリギッテの腕を引いて背後に庇うと、ドアを睨みつけアルスレイカーを握りしめる。
……そして、ドアが開く。そこに居たのは……黒い衣装を纏った、明らかに普通ではない何者か。
そしてドアの向こうに倒れている騎士の姿。
「あ、貴方……!」
「……渡すなら、その子供だと思っていた」
その手には、黒塗りの短刀。暗殺に特化した武器を揺らしながら、男は……アサシンは、そこに立っていた。
「だが、疑問もある。いつ気付いた」
「見られてる感覚はあった。気のせいなら……よかったけど」
「そうか。末恐ろしいな」
ゆらりと、アサシンが傾いて。その瞬間、ブリギッテにはアサシンが消えたように見えた。
だが、消えてはいない。体勢を一気に低くし、視界から消えたように見せかけただけ。
そして……まったく足音をたてないままに振るわれた一撃を、イストファのアルスレイカーが迎え撃つ。
ギイン、と音が響いて。イストファはアサシンを睨みつける。
「全部誤解なんだ……! こんなことをする必要なんてない!」
「そんなものは知らん。お前達は、疾く死ね」





