別に仲は良くありませんわよ
乱暴に音をたてながら歩き去っていくジョセフをガラハドが追い……少し遅れてスザンナが追いかける。そして場にはイストファとブリギッテ、ヘンドリクソンだけが残り……2人の視線を受けたヘンドリクソンが部屋に戻ろうとする。
「あ、あの……っ!」
「……なんだ」
だが、イストファにかけられた声に踏みとどまり……振り返らぬままに、ヘンドリクソンは答える。
「ありがとう、ございました」
「別に、礼を言われるような事などしていない」
そう言って歩き出そうとして。しかし、そこでヘンドリクソンは振り向く。
「俺は王位争奪戦からは完全に脱落した。だが……そうなって初めて、頭がクリアになったような気もする」
「ヘンドリクソンお兄様……」
「今さら遅いがな。精々俺のようにならないことだな」
その言葉を最後に、ヘンドリクソンは部屋に戻ってしまう。その姿をイストファとブリギッテは見送って……ブリギッテの「行きますわよ」という言葉に従い、イストファは再び歩き出す。
「あの、さっきの人って……」
「ジョセフお兄様? 第2王子ですわ。見ての通り、姑息で卑怯で性格が非常によろしくない方ですわね」
「あ、えーと……そうじゃなくて」
「言いたいことは分かってますわ。例の件……ジョセフお兄様じゃないのか、でしょう?」
「はい。なんていうか、明らかに、その」
「仲は良くないですわね。だからこそ、『そう』であるなら短絡的に過ぎますわね」
まあ、否定しきれない部分もありますけど、とブリギッテは続ける。
そう、そもそもブリギッテを襲うかもしれない危機の形が分からない。
ステラがイストファを差し向けた以上、イストファに防げるタイプの危機なのだろうとブリギッテは推測している。
そして観察している限り、イストファは頭を働かせる必要のある事態には不向きに見える。
具体的には毒殺、政治的攻撃などを防ぐ要員としては極めて不適切だ。
ということは、ブリギッテを襲うのは極めて単純な暴力的手段ということになる。
それは先程のジョセフの抱えていた戦力で可能かどうか?
「まあ、まだ判断はできませんわね」
「そもそも、なんですけど……心当たりって、他にあったりするんですか?」
「ありますわよ」
そう言って、ブリギッテは肩をすくめる。それは、本当に今さらな話であるように感じたのだ。
「言ってみれば、お父様とカイラスお兄様以外は全員が対象ですわね」
「全員って、そんな」
「そんな馬鹿な、とでも言いたいんですの? そんなものですわよ」
王位継承権を持つ王子王女の中では、ブリギッテはほとんど力を持っていない部類に入る。
だからこそ、ブリギッテは主流派ではない貴族や民衆を主に味方につけることで生き残っている。
それは王位争いからは一歩引いた形であるわけだが……それでも狙われるようになったというのであれば、その原因は1つしかない。
「そもそも、今回の件はどう考えてもカイラスお兄様が原因でしてよ?」
「え? カイルが?」
「そうですわ。今まで馬鹿にしてきたカイラスお兄様が、力をつけ手柄をたてて戻ってきた。たとえお兄様にその気がないとしても、周囲がどう考えるか分かりまして?」
「……王様になるかもしれない?」
「そういうことですわね。そして、そんな中で比較的お兄様と仲の悪くない……言ってみれば『組む可能性』がある私が急に邪魔になったとしても、おかしな話ではありませんわね」
正直、イストファには少し難しい話だ。だが……とても寂しい話だということだけはよく分かる。
「仲が良いのが殺す理由だなんて、そんな」
「別に仲は良くありませんわよ?」
「え、でも」
「比較的、と言ったでしょう。私もカイラスお兄様を馬鹿にしていた1人であることに違いはなくてよ?」
それより、とブリギッテはイストファの眼前に回る。
「先程の醜態はなんですの? 貴方の価値なんて荒事にしかないでしょうに、それで後れをとってどうするんですの?」
「ごめんなさい。でも、まさかあんな所で剣を抜くなんて」
「分かってませんわね。古今東西、城や宮殿なんてものは戦場の次に血が流れる場所ですわ」
言いながら、ブリギッテは怒った表情でイストファの胸元に指を突き付ける。
「次からは、この私の名の下に抜剣を許しますわ。その身の全てをもってして、私を守りなさい」
「……はい」
「即答ォ! 返事が遅くてよ!」
「は、はい!」
「よろしい!」
足で床をバンと叩いたブリギッテにイストファは反射的にそう答え、ブリギッテはようやく満足そうな表情になる。
「さて、次に行きますわよ!」
「えーと……ご兄弟って何人……」
「13人ですわ」
「ええ……」
「王位継承権持ちならもっと増えますわね」
「えええ……」
まさかそれ全員に会うのだろうか。というか、それ全員が敵なのだろうか。
そう考えるとイストファは心が荒んでしまうような気がしたが……ふと、何かを感じた気がして振り返る。
「……?」
しかし、そこには当然のように誰も居ない。
「どうしたんですの?」
「誰か、居た気がして……」
「居ませんわよ?」
気のせいだったのだろうか?
その答えは見つからないまま……2人はその場を歩み去る。





