それは通らねえぞ
そして、通路の先から現れたのは……3人の男女。
1人は豪奢な服を纏った痩せぎすの男。しかしながら貧乏故の痩せではないのは、如何にも苦労した事がないといった雰囲気が雄弁に語っている。
背後に控える2人は、1人はおよそ20代中頃に見える女。筋骨隆々の身体を黒い制服に包んでおり、背負った斧が何ともアンバランスな感じを出している。
もう1人は、青い髪を肩ほどまで伸ばした細身の男。こちらも黒い制服に身を包んでいるのは同じだが、腰に佩いた剣がやけに豪奢で目を引く。
そんな3人のうちの先頭……痩せぎすの男は、ブリギッテを見るとニチャリ、とでも音が出そうな笑みを浮かべてみせる。
「おや、ブリギッテじゃないか。なんだ、黒杖騎士を見つけたのか?」
「仮ですわ。ジョセフお兄様こそ、その2人で確定というわけではないのでしょう?」
「さあ、どうだかね。たまたま見つけた2人だからなあ」
「……私が目を付けた2人を奪っておいて、ぬけぬけと……」
ブリギッテの怒りをにじませた言葉に、女の方がきまり悪げに視線を逸らし……もう1人の男の方は微動だにもしない。
そんなブリギッテの様子がツボにでもはまったのか、男……ジョセフは楽しげに笑い声をあげる。
「ハハハ、頼りになりそうだろう? 城塞都市レーツルの武闘大会優勝者のスザンナと、金級冒険者……紅蓮のガラハド。俺としては、この2人で確定で良いと思ってるんだがね。それに比べたら、なんだ? そのガキは」
「ジョセフお兄様に関係あるかしらね?」
「ああ、あるとも。可愛い妹の護衛をしようというんだ。挨拶くらいしなきゃあな」
人の悪意に疎いイストファであろうとも、この2人の仲が相当に悪いであろうことは理解できる。
それも恐らくはジョセフからブリギッテに突っかかっているのだろうが……そうなると、ブリギッテに絡む問題は、このジョセフ王子が絡んでいるということなのだろうか、と。イストファは僅かに警戒心をにじませて。そんなイストファに、ジョセフの視線が向けられる。
「おい平民、さっさと跪け。いつまで王族の前で立ってるつもりだ」
「従う必要はありませんわよ。貴方は私の黒杖騎士なのですから」
見下すような視線のジョセフと、背後から聞こえてくるブリギッテの声。
イストファの味方をしているように聞こえるブリギッテの言葉すら、親愛の情のようなものは一切感じられない冷たいものだ。
だからこそ、理解できてしまう。この2人は、イストファ「そのもの」はどうでもいいのだと。
たとえば此処に居たのがドーマでもミリィでも同じで、全く同じ会話がされただろう。
最悪、その辺の犬を連れてきたとて同じ会話であったかもしれない。そういう類の応酬なのだ。
「……」
その事実に冷や汗を流しながらも、イストファはブリギッテに従いその場に立ち続ける。
それが今のところ、一番正しいことであるように感じたからだ。
そして、それはジョセフにとっては敵対宣言に等しく感じられたらしい。
「面白いじゃないか、平民。ブリギッテを味方につけて自分が特別だって勘違いしたか?」
ゴミを見る目。そんな表現が相応しい目でイストファを見るジョセフは、パチンと指を鳴らし……その瞬間、「紅蓮のガラハド」と呼ばれた男が抜刀しイストファの首元に剣を突き付ける。
ガラハドの顔には何の表情も感じられず……このまま淡々とイストファを殺しそうな雰囲気すらある。
まさか、こんなところで剣を抜くなんて。そんな焦りがイストファの中に生まれる。
油断ではある。あるが……「まさか」と思うのは当然のことだっただろう。
「ジョセフお兄様! 貴方何を!」
「黙ってろ、ブリギッテ。これは王族の沽券に関わる話だ」
「無茶苦茶ですわよ! そんなのが通ると思ってるんですの⁉」
「通すさ。いいや、通る。そういうものだ」
事実、王族としての権威をフルに使えば平民の1人や2人など消えたところで誰も気にしない。
確かにそういうものであり……それは王権が続く限り、永遠に変わることはない。
ない、が……イストファ達の背後でガチャリと音を立てて開いた扉が、その流れを変えた。
「残念だが、それは通らねえぞ」
その言葉を発したのは……他の誰でもない、ヘンドリクソンだった。
「ヘンドリクソンか。この負け犬め、ブリギッテに尻尾を振ることにしたのか?」
「黙れよジョセフ。俺は親切で言ってるんだ」
「はあ? お前が? 親切? 笑う場面か此処は?」
言いながら大笑いするジョセフにヘンドリクソンは舌打ちし……イストファを指さす。
「そいつは親父のお気に入りだ。無礼打ちだと吠えるのはいいが……お前、その屁理屈を親父の前で言えるのか?」
「なっ……」
「情報も仕入れてねえのか。そいつは親父を『名前で呼ぶ』ことを許されてる。ついでに言うと、エルトリア迷宮伯もそいつの囲い込みに躍起になってる」
言われてゾッとしたのはジョセフの方だった。迷宮都市を任された迷宮伯は名誉爵位ではあるが、国に多大な貢献をした者に与えられる爵位でもある。つまり、これを敵に回すのは迷宮伯と情や利などで繋がった多くの者たちを敵に回すのと同じであり……それは王位から遠のくことを意味する。
そして何より、「王の友人」を王子が無礼打ちした……などというのを握り潰せるわけもないし、その理屈が通るはずもない。下手をすれば、王を……国そのものを敵に回す。他の兄弟たちとて、ここぞとばかりに総攻撃してくるのは間違いない。
「く……うう……ガラハド、引け!」
その命令にガラハドは剣をあっさりとどかし……再びジョセフの背後へと戻る。
「この屈辱は忘れないぞ……覚えていろよ!」





