妹の務めというもの
そして、しばらくの時間が経過して。
イストファは、カッチリした騎士服のようなものを着せられていた。
「えーと……この服って」
「王族の護衛騎士用の制服ですわ」
「僕は騎士じゃないんですけど」
「当たり前でしょう。ですが、私の護衛を民間人の立場で出来ると思って?」
困ったような表情をするイストファに、ブリギッテは大きく溜息をつく。
「……王族が自ら見出した人間は王族の護衛たる『黒杖騎士』として扱われるのが伝統ですわ。勿論、団長も居なければ団員総数も分からない名ばかりの騎士団ですけれど」
王の直属である白剣騎士とは違い、黒杖騎士は王族の私兵といった側面がある。
ただし、そんなものを無制限に認めるはずもなく……最大で2人。そういった制限がある。
「それと、これを用意させましたわ」
言いながらブリギッテがメイドに持ってこさせたのは、分厚い布に包まれた一本の短剣……イストファにとっては、見慣れたものだ。
「あ、僕の剣……」
「苦労しましたわよ。布越しでも魔力を吸い取ろうとするとかで、メイドが何人か体調不良ですわ」
「それは……えっと、ごめんなさい」
「フン、いいですわ。そんな事より本物である事をちゃんと確認なさい」
言われて、イストファは短剣に触れ……チラリとブリギッテを見る。
「構いませんわよ。抜剣を許しますわ」
「はい」
ブリギッテの許可の下、イストファは短剣を抜き放つ。
頼もしい鋼の輝きと、慣れ親しんだ重み。イストファの感覚の全てが、この短剣は本物のアルスレイカーだと告げてくる。
「……うん。僕の剣です」
「そう。それは良かったわ」
言いながら、ブリギッテはアルスレイカーをじっと見つめる。
傭兵王の魔剣ルーンレイカーに変化する能力を持った魔剣。イストファからその話は聞いたが、こうして見ても実感はわかない。
(出来れば変化したところを見たいですけど……)
本物……ではないが、本で読んだ魔剣が目の前にあるとなれば、なんとなくソワソワしてしまう。
しかし、「見たい」などと言えるはずもない。
王族として、それは少しばかり……はしたない。
「そういえば聞くのを忘れていましたけれど」
「はい?」
「その剣は、貴方の意思で変化させられるのかしら」
「んー……たぶん、出来ると思います」
「たぶん?」
「魔力の問題もありますけど……そう簡単に使ったらダメな気もするんです」
「それは、どうしてかしら」
そう、アルスレイカーの能力は魔剣ルーンレイカーへの変化。
しかしながら、それへの変形には少なくない魔力を必要とし……その魔力はイストファには用意できない。そして、何よりも。
「……ルーンレイカーは、強いから。それに頼る僕じゃ居たくないんです」
そう、ルーンレイカーは強い。それ自体に特殊な力があるわけではないが、単純に破壊力がある。
その強さに頼れば……それ以上は強くなれないようにイストファには思えたのだ。
「そんな事の為にノーツは、僕にルーンレイカーをくれたんじゃないと思うから。だから、簡単には使えません」
「そう。変な奴なのね、貴方」
「ええっ⁉」
ショックを受けたような顔をするイストファに、ブリギッテは呆れたようにヒラヒラと手を振る。
「分相応とか不相応とか、そういう事を考え始めるのは未熟の証拠ですわ。世界を滅ぼす力を手に入れたわけでもなし、使えるものを使って何が悪いんですの?」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「言っておきますけど、そんな理由で護衛に手を抜いたら許しませんわよ?」
「そんな事はしません」
「そう? ならいいのですけれど」
興味なさそうに言うブリギッテにイストファは頷き「それで」と問いかける。
「この後、僕はどうしたらいいんでしょう?」
「護衛なんでしょう? 当然私に付き従ってもらいますわ」
「はい」
「そうですわね……」
言いながら、ブリギッテは手近にあった扇子を開く。
「……思いつきましたわ」
そう、せっかく「使えるもの」が手に入ったのだ。
これを使わない手はない。本当に護衛にだけ使うなど、愚か者の所業だとブリギッテは思う。
「では、行きますわよ」
「はい。でも、何処へ?」
「決まってますわ」
立ち上がり扇子の内側で口元を隠しながら、ブリギッテは笑う。
「まずは、ヘンドリクソンお兄様のお見舞いにいきますわよ」
「ヘンドリ……ええっ⁉ でも、確か今……」
「ええ、半死半生。けど、生きてますもの」
「僕、トドメを刺すとかできませんけど……」
「恐ろしい事を言わないで頂戴。お見舞いと言ったでしょう?」
そう、お見舞いだ。ヘンドリクソンは生きていて、その後ろ盾であるベラーザ公爵の心情は如何なるばかりか。
次代の王に祀り上げるはずだったヘンドリクソンがステラを怒らせて大怪我を負ったとなれば、ヘンドリクソンの王座への道は極めて遠くなる。
そんなヘンドリクソンでも変わらず後ろ盾になるのか、それとも……と。まあ、そういった辺りを調べたいのだ。
しかし、それをブリギッテは口に出さない。イストファはともかく、メイドが信用できるか分からないからだ。
「しっかりお加減をお伺いして差し上げるのが妹の務めというものでしょう?」
しかし、逆に言えばイストファは自分を裏切らないだろうという確信はある。
愚直で馬鹿正直でお人よし。それがイストファの本質であろうとブリギッテはほぼ正確に理解しているからだ。
だからといって、愛着が沸くわけでもなければ友情を感じるわけでもない。あくまで「兄の友人たる平民」であり、自分の駒でしかない。
イストファの見立て通り、ブリギッテはカイルに近しい精神を持ってはいたが……その辺りが、カイルとは大きく違う点であった。





