相手もまた『そう』であるとは限らない
「……は?」
ブリギッテから返ってきたのは、そんな反応。
照れているというわけでもなんでもなく、単純に困惑しているといった感情が見て取れる表情だった。
何かを言おうとして、やめて。やがて、イストファの反応を伺うような視線を向けながらブリギッテは問いかける。
「まさか、求婚のつもりじゃありませんわよね? それとも、私個人に仕えたいという話かしら?」
「あ、違います。そうじゃなくて……」
勘違いされたと理解したイストファは慌てたようにパタパタと手を振り、「えーと……」と言葉を探す。
なんと説明すべきか。それを必死で頭の中でまとめ……なんとか、一言を絞り出す。
「貴女は、狙われている……らしいです」
「知ってますわよ、そんなこと」
先ほどのお茶を見てなかったんですの、と呆れたように言うブリギッテの瞳からは、途端にイストファへの興味が薄れていく。
「王族であり王位継承者の1人である以上、狙われるは必然。有能さを示せば、当然その危険度も上がるものでしてよ」
目の前のイストファという人物を高く見積もりすぎていたかもしれない。
所詮は教育の足りない庶民だったか……と、ブリギッテはそんな事を思う。
何を考えているのかは知らないが、ちょっと短期間誰かが何かをすれば解決するほど、継承問題というのは軽くはない。
さっさと兄のところにでも戻しておこうと考えながら、イストファの思考を誘導しようとしていく。
「そういう意味では、カイラスお兄様もそれなりに危険でしてよ。元々有能で、魔力の問題についてもある程度解決してきた。これは王位を狙う者にとって脅威であるのは言うまでもありませんわね?」
「あ、それは大丈夫です」
しかし、イストファから返ってきたのはそんな反応だった。
「ステラさんが『カイルのことは私が面倒見といてあげる』って言ってましたから」
「ス、ステラ……? あの方がお兄様を? いえ、それなら確かに平気でしょうが」
ステラの事はブリギッテも当然知っている。
先日紅槍騎士団の腕利きたちをゴミか何かのように蹴散らし、ヘンドリクソンを「ギリギリ一歩手前」にした張本人である事はもちろん、冗談のような噂を幾つも持つ人物だ。
もしそれが何割かでも事実なら、王国騎士団全員でかかっても倒せるか怪しい。
そんな人物がカイラス王子を守っている。王都が激震するような大ニュースだ。
その事実だけで貴族の何人かは家からカイラス王子の目の前まで、土下座のポーズで登城してくるかもしれない。
「というか、何ですの? その言い様だと、まるで……」
「はい。ステラさんが、貴女を狙っている人がいる……と僕に言いました」
「……どういうつもりなのかしら」
「分かりません。でも『これを聞いてどう行動するかは自由』とも」
その言葉に、ブリギッテは考え込む。
わざわざあのステラが意味のないことを言うとも思えない。
その上でイストファの自主性に任せているというのは、彼の実力で解決可能であると考えているか……あるいは解決できなくてもいいと考えているかのどちらかだ。
どのみち、ブリギッテの命の有無が勘定に入っているかは怪しい。
(分かりませんけど……おそらく、今から短い期間の間に私に対する『致死性の何か』が仕掛けられる……そして、それが私の独力で解決できるか怪しい強度の企てであるということは確実ですわね)
イストファをけしかけたのは、ステラの好意でないことも確実だ。
おそらく……イストファの教材に自分が使われているだろうことを、ブリギッテは正確に理解した。
「あの……」
思わず視線が険しくなってしまうブリギッテだったが、居心地悪そうなイストファに気付き小さくため息をつく。
「王族とは、あらゆる歴史の闇の教本であるとも言いますわ」
「えっ?」
「私が『悲劇の王族』になるか『英雄譚の姫君』になるかは、貴方次第ということですわね」
ならば、ブリギッテもイストファを利用するのが最適解だ。
目の前の『兄の親友』には何の罪も恨みもないが、彼の師匠は自分を教材にしようとしているのだ。
その料金として命を賭けてもらったところで、何の問題もないはずだ。
「ええ、いいですわ。趣旨は理解しました……」
だからこそ、ブリギッテは王族として訓練された最上の笑みを浮かべる。
「貴方に私の運命を託しますわ。この命を狙わんとする企みから、見事私を守り切ってくださいな」
「はい、勿論です……!」
「良いお返事ですわ。頼もしいですわね」
無論、微塵も頼もしいなどとは思っていない。
イストファというステラの「お気に入り」がいることで、直近の『敵』も慎重になるだろう。
その間に正体を探り出し、なんとか捻り潰す。
(それが私の勝利条件。精々利用させて頂きますわよ……?)
そんな事をブリギッテが考えているとも知らず、イストファはやる気満々で拳を握る。
彼の頭の中にあるのは、以前出会ったアサシンや……初心者狩りの男。イストファにとって「闇」や「企み」とは、そういったものだったからだ。
カイルという頼もしい相棒から離れたイストファにとって、そうした方面は未だ鈍く。
それを知っていたステラは、カイルを通じて『一手御指南』を願ってきた緑鎧騎士を一撃で地面に沈めていたが……理解できないモノを見る視線のカイルを無視しながら、イストファの事を思う。
(……敵ではないから、味方をしているからといって相手もまた『そう』であるとは限らない。ヒューマンの世界では、特にそれが顕著よ。イストファ、貴方は今回の件をどう乗り越えるのかしらね……?)
「……前も言った気がするけどよ。お前、性格超悪いよな」
「優しさのことを言ってるなら、それは善良の証明足り得ないわよ、王子サマ?」
「ここぞとばかりに王子呼ばわりするところもなあ……」
「これからあの子が巻き込まれていく事態を思えば、練習は必要よ。そう思わない?」
「王族の事情を練習課題にするのはお前くらいだよ」
カイルの嫌味じみた言葉に、ステラはクスリと笑う。
「分かってるでしょ? 私、世俗の権力の類には一切興味ないのよね」
「巻き込まれるイストファの身にもなってやれよ……」
「そんなこと言って。貴方自身、王位に興味なんかないでしょ? もしかすると……兄弟姉妹にすらも」
「お前と一緒にすんな。俺は、情に厚い男なんだからな」
「あら、そう?」
「ああ、そうだよ」
勿論、優先順位というものはある。どちらを大切にするかは分かり切ったこと。
そんな至極当然の事を……カイルは、口に出す気はない。





