そうであるなら、嬉しいなって
「え、ええっと……とられる、ですか?」
「うむ。訳が分からんといった顔だな?」
「誘拐される……とか、そういうことでしょうか?」
イストファが悩んだように答えれば、コダールは笑い声をあげる。
「ははは、君をか!? それは危険だな! 陛下とステラ殿を同時に敵に回すなど、そやつの一族全員の命で済めば良いが!」
「ええ……?」
「冗談ではないぞ?」
困惑するイストファに、コダールは極めて真面目な表情で返す。
「陛下の友人を攫うというのは当然陛下に対する敵対であるし、君の師匠だというステラ殿であれば城ごと潰して君を救うだろう。それが分からぬ愚か者は……まあ、先日そういう風な実例があったと小耳に挟んだがね」
「は、はは……」
何やらよく分からない理由でステラに喧嘩を売ったヘンドリクソンが『なんとか生きている』レベルの怪我をおったのは、つい先日の事だ。
ステラ曰く「殺さない程度にブチ殺すのは得意なのよね」とのことだが……怖いので深くは突っ込んでいない。
「そもそもだ。ちょっとでも考える頭があればステラ殿に喧嘩を売るのがどれ程愚かか分かろうというものだが……尊き方々の中でも、ご理解いただけない場合がある」
「なんだか、大変なんですね」
「ああ、大変だとも。儂の爵位など名誉職のようなものだが、それでも面倒ごとがついて回る。困ったものだ」
そこまで言って、コダールは軽く咳払いをする。
「ああ、話がズレたな。えーと……つまりだな、君は今、それなりに政治的に重要な立場にあるということだ」
「政治的に……でも僕、政治の事なんて」
「ん? ああ、いやいや。そういうことではない」
そうか、君は普通の子供だったな……とコダールは思い出すように頷き、言葉を探し視線を宙に彷徨わせる。
「……そうだな。簡単に言うと、君を自分のところの戦力として扱いたい輩が多いのだよ」
「必要とされてるってこと、ですよね」
「まあ、端的に言えばな」
ちょっと嬉しそうなイストファにコダールは苦笑しつつ、机を指で叩く。
「まあ、実際のところは君を踏み台にして陛下とのつながりを作ろうという企みか……あるいは君を利用して自分の担当する迷宮都市を活性化させようという試みだな」
王の友人であるイストファを通して何らかの支援を引き出そうとする者。
イストファという有望株を引き入れることで、迷宮探索の活性化を図ろうとする者。
つまりはそういう事だとコダールはイストファに説明する。
「イストファ。君がエルトリアに来てからの事は大体報告が上がってきている。正直、目を見張るような成果だった」
「僕だけの力じゃありません。カイルや、ドーマ達がいたから……それに、ステラさんに助けてもらえなかったら、僕はまだ路地裏に居たと思います」
「それでもだ。恐らく同じことを再現しようとしても、上手くはいくまい。君には、そうなれるだけの素質……ああ、違うな」
言いながら、コダールは微笑む。
「下地があった。こうなる前の君の評判もかなり良いと聞く……アリシアを知っているかね。衛兵隊長をやっているはずだが」
緑の髪の女性を思い出し、イストファは頷く。そういえば、何度か会ったことがある。
「彼女は、落ちぶれ者による襲撃事件の際に君の事を詳しく調べたようでね。儂にまで報告が上がってきている」
思い出す。落ちぶれ者が武器を大量に手にいれ、イストファとカイルに襲い掛かってきた事件だ。
あの事件も、発展すればどうなったか分からない危険なものであったらしいが……。
「何処かの村から出てきて、薬草採りを続け……その際に落ちぶれ者による搾取も常態化。それでも諦めず、ここまで至った」
「……はい」
「君のように出来る者は、他にはほとんど居ないだろう。英雄豪傑と言われる者のほとんどは、最初から栄光への道が整えられていたのだから」
「でも、僕も」
「うむ。確かに君はステラ殿という庇護者を得た。しかしそれはエルトリアに着いてから数日といった話でもないだろう」
そう、確かにそれはその通りだ。
およそ2年。そのくらいの期間が、エルトリアに来てからステラと会うまでの間にあった。
それほどの間、イストファは底辺から這い上がる事が出来ないでいた。
「ステラ殿に会う時には、もう君の『器』は君自身が完成させていた。故に儂はこう思う。君がこうして此処に居るのは、全て君自身が勝ち取った結果であるとな」
「ありがとう、ございます」
「うむ。故に儂は君を他の迷宮都市などに取られたくはない。儂が君に何かしてやれたわけではないが、君はエルトリアの人間だと思っているからな」
そう言って、コダールはイストファをじっと見つめる。
「君はどうかね。自分はエルトリアの人間であると、そう思うかね?」
エルトリアの人間。
フリート達の事を思い出し、イストファは思う。
自分の居場所、自分の故郷。おこがましいのかもしれないが、そういう風にすら最近は思う。
イストファはエルトリアという場所に、すでにそれだけの愛着を抱いていた。
「……そうであるなら、嬉しいなって。僕は、そう思います」





