でも、目が似てるなって
「それはいいけど……此処からどうやって探すの?」
「まあ、普通に考えりゃ歴史書をあたるべきだな」
イストファの問いに、カイルはそう返す。
巨獣大陸ガルファングは実在の場所であるから、当然の事だが……ドーマが疑問符を浮かべる。
「確かに歴史書にも記載はあるでしょうが……むしろ研究書を探すべきでは?」
「あ、なるほど。調べてる人がいるかもですしね」
ミリィもドーマに同意するが、カイルは「うーん」と悩むような声をあげる。
「まあ、そうなんだが……研究書なんてのは出版されることが稀だしな」
「だからこそ、なのでは?」
「いや、そうじゃなくてだな……あー、なんて言えばいいんだ?」
本の出版費用だってタダではない。売れなければ赤字であり、しかも下手に出して「より進んだ研究本」を出されては自分の本が売れなくなる。
学者にとってそれは死活問題であり……平たく言えば、「一発で色々回収できる」ようなものでなければ出にくいのだ。
つまりどういうことかといえば、だ。
「ガルファングみてえな未知の場所だとな……考察っつーか妄想本が多くなる傾向があるんだよ。あんまりそういう知識は入れたくねえ」
大衆娯楽本として楽しむ分には問題ないが、イストファ達が対面しているのはガルファング同様の状況なのだ。
正しいかどうかも分からない知識を元に行動するのは、賭けとしても分が悪すぎるとも言えた。
「案内してくれる人がいればいいんだけどね」
「司書のことか? 流石にこの量を全部把握してろってのは無理だろうな」
図書館の本を管理する司書は全ての本を読みこんでいるわけでは、決してない。
大まかな本の探索はともかく、細かな内容を聞くには向いていないだろう。
「ま、とりあえず探すのは俺がやる」
「え? でもそれじゃ……」
「いいんだよ、こういうのは分担だ。それに……」
言いながら、カイルはイストファ達を見回す。
「此処にある本は共通語ばっかりじゃねえからな? お前等、読めるか?」
「うっ……」
共通語もちょっと怪しいイストファを中心に、全員がサッと目をそらし……カイルは軽く肩をすくめる。
「お前等を此処に連れてきた理由はな、俺の護衛ってのもあるが……これを機会に必要な知識を仕入れるためだよ」
「必要な知識……僕達にってことだよね?」
「ああ。イストファ、お前もいつまでも無知じゃいられねえぞ。これから色んな奴が俺等に関わってくるだろうしな」
そしてその時に、必ずカイルが傍にいるとは限らない。
ドーマやミリィも同じだ。ドーマは比較的安心そうに見えるが、ミリィに関してはかなり怪しい。
そういう意味でも、本の知識は必要になってくるはずだとカイルは考えていた。
「イストファとミリィは一般常識の本でも読んどけ。お前等その辺怪しいしな」
「あ、うん」
「でもそういうのって逐次新しくなっていくものなのでは……?」
「根底は変わんねえよ。本になるようなものなら猶更だ」
言いながらカイルは歴史書のコーナーへと歩いていこうとして、ドーマに肩を掴まれる。
「待ってください。カイル、私に何か助言は無いんですか」
「お前は……んー。特にねえな。興味ある本でも読んでろよ」
「はあ、興味ある本ですか。んー……」
ヒラヒラと手を振って歩いていくカイルを見送ると、ドーマも何処かへ歩いていき……イストファとミリィは顔を見合わせる。
「一般常識か……」
「探してみましょう」
とはいっても「一般常識」などと書いてある棚があるはずもない。
司書らしき者の姿も見えず、イストファとミリィは頷き合うとそれぞれの方向へと歩いていく。
「一般常識……一般常識かあ。何処に在るのかな、常識って」
「哲学的な話ですわね。似合わなくてよ」
「あっ」
図書館内を歩いていたイストファは、棚の近くに置かれた机に本を積んで読んでいたブリギッテに気付く。
彼女の顔にはなんとも判別しにくい……無表情に近い表情が浮かんでいて、イストファは「お邪魔しました」と言って離れようとして、けれどブリギッテの一言に足を止めざるを得ない。
「お待ちなさい、ド庶民」
「えーと……僕のことですよね?」
「他に誰がいるのかしら?」
「ですよね……」
言いながら振り返り、イストファは改めてブリギッテを正面から見る。
カイルの妹であるらしいブリギッテは金髪を縦ロールに整えていて、髪色だけでいえばカイルとの血縁は感じられない。
どことなく似てるような気もするが、一見すれば全く似ていない。それが、ブリギッテに対してイストファが抱いた印象だった。
けれど、それでもイストファは……「似ている」と、そう思った。
「……私の顔に何かついてるかしら」
「あ、いえ。その……カイルに、似てるなって」
イストファがそう正直に告げると、ブリギッテは一瞬驚いたような表情になった後……フンと馬鹿にしたような表情に変わる。
「何処が? 父は同じですけど、母は違いますのよ? そんな戯言を言ったのは貴方が初めてですわね」
「そうなのかもしれませんけど……でも、目が似てるなって」





